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ゼロクエスト 〜第2部 異なる者  作者: 鈴代まお
第1章 暗殺者(エリス編)
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第7話 街中で狩る者

「――――――ということで討伐隊参加者は、速やかに申し出るように。以上!」


 マクガレー団長は一通り説明を終えると部下を引き連れ、事前に確保しておいたらしいみちを通ってこの場を去っていった。続いてこれを見物していた群衆も、徐々に皆散っていく。

 私たちもこの流れに乗り、歩き出していた。


 これからギルドへ向かうのだ。

 ディーンたちとは既にはぐれてしまったのだが、パーティの待ち合わせ場所といえば大抵ギルドである。彼らもそこへ向かっているはずだった。


 先程の団長の話を端的に述べるなら、この界隈に下位クラスの魔物が集まってきているので、討伐隊を編制して退治するという。ここまでならよくある話で、私たちの予想通りでもあるのだが。


「モンスター・ミストですか~、是非一度は見てみたいものです~」


 並んで歩いているエドが顔を輝かせていた。

「モンスター・ミストっていうと、魔物を引き寄せる霧のことよね」

 この霧が裏手にある山中に現れたせいで、魔物が集まっているらしい。

 魔物というのは強い力に引き寄せられる傾向にある。特に下位クラスは本能的に引きつけられるらしく、魔物が集まるのはそれが原因の場合もあるそうだ。

 当然モンスター・ミストも例外ではない。


 一説によれば魔物が作った結界ではないかとも言われているが、自然発生しているだけかもしれないし、未だ謎が解明されていなかった。

 何故なら、誰も内部へは立ち入ることができないからだ。一歩足を踏み入れても、必ず外へはじき出されてしまうという話である。

 それほど頻繁に発生しているわけではなかったが、ここ数年で数件ほどの出現例があり、場所は各地方の社近辺が最も多いそうだ。

 何故その付近でのみ発生するのか、社とモンスター・ミストとの関連は何か…など、現在でも何処かの調査機関が調べているらしいという噂である。


「でも封鎖って、一体どのくらいの期間になるのかしらね」

「そんなに長くは~ないんじゃないですか~? 聞いた話によると~大きくても一週間かそのくらいで~霧は消えるらしいですし~」

 今の私たちには、それに対抗する術はない。精々一時的な対応策として、魔物を周辺の村や町へ近づけさせないようにすることくらいだ。

 私は気が付けばいつものように、無意識のうちに左腕を強く掴んでいた。


 最近の私は中位、或いは上位クラスの女に付けられた用途不明の刻印を、服の上から手で押さえ付けるのが癖になっている。

 その部分を無意識に庇おうとでもしているかのようだった。全く意味のないことだとは分かっているのだが、凄く不安なのも事実だ。


 今のところ、この紋様が発動する気配はなかった。

 しかし普段あまり考えないようにしていることとはいえ、いつ何時発動するのかも分からないのだ。自分の変調を予測できないということは、私にとってはこの上ない恐怖だった。

(一刻も早く、先へ進まないといけないのに……こんなところで足踏みなんかしている暇はないのに)


 私にはやるべきことがある。この旅が終わったら故郷で、父とともに村を守るのだ。

 私はおもむろに前方を仰ぎ見た。そこには建物の隙間から覗いている、剥き出しの山肌が見えていた。私たちが今目指しているのは、あの場所だった。

 目的地は目前、もう麓まで来ているのだ。


「エリスさん~突然立ち止まって~どうかされましたか~?」

 その声で我に返ると、エドが私の顔を見て首を傾げていた。

「あ……ううん、何でもない」

 私が慌てて彼の後についていこうとした時、直ぐ脇の建物の陰から、何かが躍り出てくるのが見えた。


 瞬間。

 ザシュッ。


 空を切り裂くような音が聞こえてくる。同時に悲鳴。

 それはすぐ目の前だった。傾いていく身体からは飛沫が上がっているのが見える。

 私は突然起きたその光景が信じられず、呆然と見ているしかなかった。が、足元に何かがぶつかったので、反射的に下を向いていた。


 それは頭部。

 仰向けで白目を剥いた男の顔がそこにはあった。切断された首からは血が吹き出し、地面へ広がりつつある。


 私はそれを見た途端、自分の意識が何処かへ吹き飛ばされるような感覚がした。気がついた時には尻もちを付き、動けないでいる。

 その時点で刻が止まったままの男の顔。地面と垂直に向いているそれが、恨めしそうな表情で虚空を見ていた。


 どくん……どくん……。


 全身を駆け巡るかのように、鼓動も自然と速くなっていた。自分の身体なのに自分のものではないような感覚。動かし方を忘れているような気さえする。

 尻もちを付いたままの私は、男の頭部から視線を逸らすことができなかった。


 だがそれは不意に、宙へと浮かんだ。私も自然とその軌道を追っていたが、よく見れば浮かんでいたのではない。

 血に染まった指なし手袋グローブを嵌めた褐色の細い指が、男の髪を乱暴に掴んでいたのだ。

 私は呆然と持ち主をそのまま見上げていた。


 その先には、左眼を黒い眼帯で覆っている隻眼の女性がいた。

 年齢は二十歳前後くらいだろうか。

 線の細い綺麗な顔立ちであるが、私と同じみどり色をした右眼は鋭く、どことなく近寄りがたい雰囲気を持っていた。

 髪は錆色で短髪。それに服は濃紺の道着。この格好を見れば、彼女がモンク(格闘術士)だということは一目で分かる。


「まさかこのような場所に~魔物が紛れていたなんて~思わなかったです~」

 エドののんびりとした声で、私は初めて気が付いた。

 モンクの持っている男の顔を改めて見てみると、毛深い顔の中心に目玉が一つ。切り離された胴体の破れた服の隙間からは、灰色の翼が覗いている。明らかに人間ではない。

(でもさっきは人間の……そうか、化けていたのね)


 先程まで沸騰しそうだった心臓が、徐々に収まっていくのを感じていた。私はようやく深呼吸をし、心を落ち着かせる。

「エリスさん~大丈夫ですか~? なんだか顔色が~悪いようですけど~」

「だ、大丈夫よ。ちょっとビックリしただけだから。……でも魔物、だったのね」


 モンクは横たわっている胴体へ歩み寄ると、片腕だけで軽々と担ぎ上げ、周囲へ素早く目を配った。

 見物していた群衆たちは刃物のような視線に畏怖したのか、自然と左右へ立ち退いていく。彼女は割れた道筋へ歩みを進めると、何事もなかったかのように颯爽と立ち去っていった。

 周囲の野次馬たちはこの一連の行動を、呆気に取られながら見ているだけだった。勿論私もその一部だ。


「エリスさん~立ってください~。そろそろ行かないと~日が暮れてしまいますよ~。アレックスさんたちも~待ちくたびれているかもしれません~」

 座り込んだ姿勢のままでいる私にエドは声を掛けてきたが、その場を動くことができなかった。何故なら――。



「エドごめん……腰、抜けた」

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