第7話 街中で狩る者
「――――――ということで討伐隊参加者は、速やかに申し出るように。以上!」
マクガレー団長は一通り説明を終えると部下を引き連れ、事前に確保しておいたらしい路を通ってこの場を去っていった。続いてこれを見物していた群衆も、徐々に皆散っていく。
私たちもこの流れに乗り、歩き出していた。
これからギルドへ向かうのだ。
ディーンたちとは既にはぐれてしまったのだが、パーティの待ち合わせ場所といえば大抵ギルドである。彼らもそこへ向かっているはずだった。
先程の団長の話を端的に述べるなら、この界隈に下位クラスの魔物が集まってきているので、討伐隊を編制して退治するという。ここまでならよくある話で、私たちの予想通りでもあるのだが。
「モンスター・ミストですか~、是非一度は見てみたいものです~」
並んで歩いているエドが顔を輝かせていた。
「モンスター・ミストっていうと、魔物を引き寄せる霧のことよね」
この霧が裏手にある山中に現れたせいで、魔物が集まっているらしい。
魔物というのは強い力に引き寄せられる傾向にある。特に下位クラスは本能的に引きつけられるらしく、魔物が集まるのはそれが原因の場合もあるそうだ。
当然モンスター・ミストも例外ではない。
一説によれば魔物が作った結界ではないかとも言われているが、自然発生しているだけかもしれないし、未だ謎が解明されていなかった。
何故なら、誰も内部へは立ち入ることができないからだ。一歩足を踏み入れても、必ず外へはじき出されてしまうという話である。
それほど頻繁に発生しているわけではなかったが、ここ数年で数件ほどの出現例があり、場所は各地方の社近辺が最も多いそうだ。
何故その付近でのみ発生するのか、社とモンスター・ミストとの関連は何か…など、現在でも何処かの調査機関が調べているらしいという噂である。
「でも封鎖って、一体どのくらいの期間になるのかしらね」
「そんなに長くは~ないんじゃないですか~? 聞いた話によると~大きくても一週間かそのくらいで~霧は消えるらしいですし~」
今の私たちには、それに対抗する術はない。精々一時的な対応策として、魔物を周辺の村や町へ近づけさせないようにすることくらいだ。
私は気が付けばいつものように、無意識のうちに左腕を強く掴んでいた。
最近の私は中位、或いは上位クラスの女に付けられた用途不明の刻印を、服の上から手で押さえ付けるのが癖になっている。
その部分を無意識に庇おうとでもしているかのようだった。全く意味のないことだとは分かっているのだが、凄く不安なのも事実だ。
今のところ、この紋様が発動する気配はなかった。
しかし普段あまり考えないようにしていることとはいえ、いつ何時発動するのかも分からないのだ。自分の変調を予測できないということは、私にとってはこの上ない恐怖だった。
(一刻も早く、先へ進まないといけないのに……こんなところで足踏みなんかしている暇はないのに)
私にはやるべきことがある。この旅が終わったら故郷で、父とともに村を守るのだ。
私はおもむろに前方を仰ぎ見た。そこには建物の隙間から覗いている、剥き出しの山肌が見えていた。私たちが今目指しているのは、あの場所だった。
目的地は目前、もう麓まで来ているのだ。
「エリスさん~突然立ち止まって~どうかされましたか~?」
その声で我に返ると、エドが私の顔を見て首を傾げていた。
「あ……ううん、何でもない」
私が慌てて彼の後についていこうとした時、直ぐ脇の建物の陰から、何かが躍り出てくるのが見えた。
瞬間。
ザシュッ。
空を切り裂くような音が聞こえてくる。同時に悲鳴。
それはすぐ目の前だった。傾いていく身体からは飛沫が上がっているのが見える。
私は突然起きたその光景が信じられず、呆然と見ているしかなかった。が、足元に何かがぶつかったので、反射的に下を向いていた。
それは頭部。
仰向けで白目を剥いた男の顔がそこにはあった。切断された首からは血が吹き出し、地面へ広がりつつある。
私はそれを見た途端、自分の意識が何処かへ吹き飛ばされるような感覚がした。気がついた時には尻もちを付き、動けないでいる。
その時点で刻が止まったままの男の顔。地面と垂直に向いているそれが、恨めしそうな表情で虚空を見ていた。
どくん……どくん……。
全身を駆け巡るかのように、鼓動も自然と速くなっていた。自分の身体なのに自分のものではないような感覚。動かし方を忘れているような気さえする。
尻もちを付いたままの私は、男の頭部から視線を逸らすことができなかった。
だがそれは不意に、宙へと浮かんだ。私も自然とその軌道を追っていたが、よく見れば浮かんでいたのではない。
血に染まった指なし手袋を嵌めた褐色の細い指が、男の髪を乱暴に掴んでいたのだ。
私は呆然と持ち主をそのまま見上げていた。
その先には、左眼を黒い眼帯で覆っている隻眼の女性がいた。
年齢は二十歳前後くらいだろうか。
線の細い綺麗な顔立ちであるが、私と同じ翠色をした右眼は鋭く、どことなく近寄りがたい雰囲気を持っていた。
髪は錆色で短髪。それに服は濃紺の道着。この格好を見れば、彼女がモンク(格闘術士)だということは一目で分かる。
「まさかこのような場所に~魔物が紛れていたなんて~思わなかったです~」
エドののんびりとした声で、私は初めて気が付いた。
モンクの持っている男の顔を改めて見てみると、毛深い顔の中心に目玉が一つ。切り離された胴体の破れた服の隙間からは、灰色の翼が覗いている。明らかに人間ではない。
(でもさっきは人間の……そうか、化けていたのね)
先程まで沸騰しそうだった心臓が、徐々に収まっていくのを感じていた。私はようやく深呼吸をし、心を落ち着かせる。
「エリスさん~大丈夫ですか~? なんだか顔色が~悪いようですけど~」
「だ、大丈夫よ。ちょっとビックリしただけだから。……でも魔物、だったのね」
モンクは横たわっている胴体へ歩み寄ると、片腕だけで軽々と担ぎ上げ、周囲へ素早く目を配った。
見物していた群衆たちは刃物のような視線に畏怖したのか、自然と左右へ立ち退いていく。彼女は割れた道筋へ歩みを進めると、何事もなかったかのように颯爽と立ち去っていった。
周囲の野次馬たちはこの一連の行動を、呆気に取られながら見ているだけだった。勿論私もその一部だ。
「エリスさん~立ってください~。そろそろ行かないと~日が暮れてしまいますよ~。アレックスさんたちも~待ちくたびれているかもしれません~」
座り込んだ姿勢のままでいる私にエドは声を掛けてきたが、その場を動くことができなかった。何故なら――。
「エドごめん……腰、抜けた」