第67話 刻印3
私はその言葉の意味をしばらく考え込んでしまったが、沈黙に痺れを切らしたのか、ルティナが最初に口を開いた。
「あたしはそろそろ行くよ」
「は? 何よ突然。それに行くって、何処へ??」
「あんたたちがしなければならないことがあるように、あたしにも成し遂げなければならないことがある」
「それって」
直ぐに思い出した。
ルティナは親の敵である、ゼリューを追っていると言っていた。だとすれば。
「当てはあるの?」
「これからまた、一から情報を集めるつもりだ。それに動かなければ、何も始まらないからな」
「でも今は団長が、ここで待つようにと言っているのに」
「あの説教ジジイのことなんか、知ったことか。このあたしを一体、何時間待たせていると思ってやがるんだ」
先程懐中時計で確かめた時には、ここに集められてから約二時間は経過していた。言われてみれば、確かに遅い。
しかし……説教ジジイ??
「もしかしてルティナ、マクガレー団長と知り合いなの?」
「もしかしなくても、昔からの顔見知りだ。
あたしはこの大陸を拠点にしているんだ。嫌でもアイツと顔を合わせることになるさ」
ルティナは再び腕を組み直すと、心底嫌そうな顔をした。
「他の術士に少し怪我を負わせたくらいで説教をするし。
魔物捕獲手順をちょっとミスっただけで、また説教。
つい最近この街でも、殺した魔物をギルドへ引き渡しに行ったら、運悪く見つかっちまってな。街中で騒ぎを起こすなと、クドクド説教をされる始末さ」
(それは全部、ルティナが悪いんじゃ…)
喉元まで出掛かったが、怒りのオーラが全身からヒシヒシと伝わってきているので、怖くてツッコめなかった。
「大方あんたたちに同行している精霊術士も、あいつに呼ばれて、一足先に説教されてるんじゃないのか。あの男はあんたたちの、保護者みたいなものなんだろう?」
「……確かにそうかも」
私も以前、団長の説教を受けた者の一人だ。その可能性は大いにあった。
「でも刻印のことはどうするの? まだはっきりと効力が断定できていないんでしょう。
私たちこれから『水の社』へ向かうところで、アレックスたちの村へも立ち寄るつもりなの。刻印のことも何か分かるかもしれないらしくて……もしよかったらルティナも」
「断る!」
最後まで言い終える前に、あっさりと瞬殺されてしまった。
「あたしは例え一時的なものとはいえ、馴れ合いでパーティを組むつもりはない。それにあいつらといると、何故だか妙な疲労感を憶えるしな」
そう言いながら、戸口付近にいる二人へ視線を送るルティナ。私にはその気持ち、痛いほど共感できる。
「刻印のことは確かに気をつけなければならないが、そこまで神経質になるほどのことでもないだろう。
旅に出れば少なからず、多少のリスクが付いてくるものだ」
それはここで改めて言われなくても、最初から分かっていることだった。私だって承知の上で、故郷を後にしてきたのだ。
「あいつらもそのことについて、あんたみたいに何か特別、気にしている様子はあるかい?」
私はまだ演奏を続けているエドと、それに聴き入っているアレックスのほうを振り向いた。
「恐らくはない、わね」
二人が今までこの刻印のことで、気にしている素振りを見せたことはなかった。するとやはり気に病んでいるのは、私一人だけなのだろうか。
「だがこちらでも、一応は調べてみるつもりだ。誰かの掌の上で踊らされるのは、あたしも気に入らないからな。例えそれが魔物であれ、人間であれ……な」
そう言うと彼女は、窓を勢いよく開け放った。