第66話 刻印2
「恐らくあんたは『人間に対しての術攻撃ができない』のではないかと思う」
ルティナはそう言うと、私を真っ直ぐに見詰めてきた。
「魔物に対しては何ら問題なく攻撃できるが、人間へ意図的に攻撃しようとすると、まともな攻撃を出せなくなる。
この前あんたたちが魔物に襲われた時、奴らは人間の容姿をしていただろう?」
「! あ」そういえば――ここでようやく思い出した。
私が術を出せなかったのは、街中で魔物に襲われた時だ。
あの時には最初から人間に化けていたから、私は完全に彼らが人間だと思い込んでいた。
しかし討伐隊へ参加した二回目。
エドと襲われた時には、既に彼が魔物だと知っていた。
だからその時には通常通りの攻撃をすることができた、ということなのだろうか。
「あたしが以前聞いた話によると、これは武器を使用することのない精霊術士が、最も陥りやすい症状らしいな。そこにはどうやら、精神的な問題も絡んでくるようだ」
「精神的な問題?」
「例えば、人間に攻撃することへの異常なまでの恐怖心や、過去のトラウマなど……まあ、そのようなものだな」
「異常な恐怖心……トラウマ」
私は故郷にいた頃のことを回想しつつ、しばらく考え込んでみた。
「何か思い当たる原因でもあるかい?」
「いえ、今のところは何も思いつかないけど……でも今まで、全く気付かなかったわ」
「あんたは自分の師匠とも、一度も手合わせをしたことがないのか?」
「そういえば、なかったわね」
私は首を捻りながら答える。
「三ヶ月くらい前まではずっと、練習用のダミー人形相手に訓練をしていたし。その後の実践的な修行は故郷周辺にいる、下位クラスの魔物相手に行ってきたけれど」
人間と直接戦ったことはない。
だがそれに対して今まで、何の疑問も持ったことはなかった。旅に出たばかりの頃は野盗に襲われたりもしたが、その度に逃げまくっていたし、その他で人と争う機会など皆無に等しかったのだ。
「ダミー人形、ねぇ。あんたの師匠は一体、どんな人なんだい。もしかしてさっき一緒にいた、精霊術士の男なのか?」
「ディーンのこと? ……ううん、違うわ」
実はここへ来る時に、ディーンも一緒に同行していた。しかし部屋へ入る寸前で、何故か騎士様に呼び止められ、彼だけ何処かへ連れて行かれてしまったのだ。
「私の師匠は一応、自分の父親なんだけど」
「父親……肉親か。成る程な」
「? それが何か??」
考え込むように言ったルティナに対して、私は眉を顰めながら訊き返した。
ウチは先祖代々精霊術士の家系で、亡くなった母も精霊術士だった。だから私がそれを目指したのも、ごく自然な成り行きでのことだ。
世間的にもそのような家だったり、親が師匠になったりということも大して珍しくはない。なのに何が「成る程」なのか。
「いや……だがあまり気にすることでもないだろう。あたしの知り合いでもそんな奴はいるが、その弱点を克服できなくても、この大陸で腕の立つ魔物ハンターとして、今でも立派に活躍しているよ」
「え……その人は、ソレを克服していないの?」
「以前会った時には、少しずつ快方に向かっていると言っていた。が、精神的な問題はかなりデリケートなものらしい。完全に克服するには、大分時間がかかるようだ」
「……そうなんだ」
そのような職業に就いていても、なかなか克服できないものなのか。では私の場合、一体どのくらいの時間が必要なのだろうか。
「この国は他大陸と違って比較的平和だ。それに海を越えたとしても、普通に巡礼をしていれば、さほどそのような場面に遭遇することもないだろう」
ルティナはそう言いながら窓の外に顔を移すと。
「あんたたちとはここでお別れだ」
かなり唐突に。
しかし今までの会話の延長でもあるかのように、ごく自然な流れの中で、私にそう告げてきた。




