第65話 刻印1
「!? まさか」
他者の精神エネルギーを利用する。これは芸術士などの支援系術でも見られることではあるのだが。
「でも何で自分のエネルギーを使わないで、わざわざ私たちのものを使うの?
その系統の術って確か……術士が術発動の際に必要なエネルギー量が足りなくなった時、それを補てんする目的で使う支援系の技よね」
使用する術のエネルギー分量というものは、ある程度決まっており、無論エネルギー量が不足していれば、その技を使うことができない。だから大技などを使う場合には支援系術で、他術士のエネルギーを取り込み、補てんして発動することもあるのだ。
しかしルティナの話によれば、ゼリューは上位クラスだという。勿論蓄積しているエネルギー量や精霊力なども、私たちとは桁違いのはずだ。
いくら瞬間移動術が大量のエネルギーを消費するとはいえ、上位クラスほどの魔物が他者――しかも人間のものを利用するというのは、考えられない。
「瞬間移動術というのは、移動する距離が長ければ長いほど、その分のエネルギー量も消費される。
しかも結界術とは違って、精霊力と精神エネルギーを一度に大量消費する。
同時に多大な負荷も術士にかかるため、精霊石がそれを押さえきれずに、石本体が破壊されてしまう。
そのような理由から、人間には使用不可能な術と言われているわけだが」
「ええ。それなら私でも知っているけれど……でも、利用されたって言うのは?」
「ヤツは上位クラスだ。容量も並ではない。しかしそれでも限界はある。
その身体に一体どれだけの負荷がかかるのかは、あたしでも想像がつかない」
精霊石が破壊されるほどの術なのだ。想像を遥かに超えるほどの、凄まじいエネルギー量に違いないとは思う。
「が、それを軽減するために、一旦体外へ精神エネルギーを集め、そこに精霊力を融合させて技を使うことがある」
「それなら人間でも、大術を発動する際に使うわね」
結界術がいい例だ。
芸術士など数名の支援系術士が、媒介者となる術士に精神エネルギーを分け与え、術を発動させる。普通であれば術士の体内にエネルギーを集めるのだが、自身の容量よりも大きな技を使う場合には、その方法が使えない。
そのため別の場所に一旦、集約するのである。通常であれば、精霊石の填め込まれている武器に集めるのが一般的だ。
但し「与える術士は同属性者でなければいけない」「優れた強度の武器」「高度な能力を備えている術士」――などの制約があるため、この方法で大術を発動できる術士は、世界でも限られてくる。
ちなみに武器を持たない精霊術士の場合は、大術を発動できないため、これらの技を使えなかった。
「今回ヤツが使ったのは、恐らくそのような術だろう。上位クラスのヤツが他者からエネルギーを集めたということは、遠距離へ移動したということだ」
「でもその目的は何?
今までのルティナの話からすると、ゼリューはサラと結託していたのよね。
それに『瘴霊の種』もその場に放置したままだったし」
ルティナは鋭い視線をこちらに向けた。
「そこまではあたしでも知るわけがないだろう。これはあくまでも、あたし個人の推測にしかすぎないのだからな」
それもそうだ。素人の私より魔物に詳しい彼女であっても、彼らの目的まで知っているわけではない。
「でも私たちに付けられた刻印のこと。これでその効力がはっきりしたわけね」
今までの彼女の話を総合するならば、『精神エネルギーを吸い上げる力が、この刻印にはある』ということになる。
「だったら、よく死ななかったわよね、私たち。普通こういった場合には、弱って死亡するんじゃなかったっけ」
精神エネルギーとは即ち、生体エネルギーのことだ。一般的な刻印では発動した場合、殆どが死亡するはずなのだが。
「それは多分、あたしがいたからだろう」
「え?」
「いや……だがまだ安心するのは早い。断定と決まったわけではないからな」
「え、でも」
「あたしは状況から判断して、その可能性を述べただけにすぎない。
刻印も消えてはいないし、ヤツらの目的など、まだ解せない部分もある。
それに相手は上位クラスだ。他にまだ何か可能性があるかもしれない。
だからこれからも、油断はできないだろう」
結局はまだ、はっきりしたことが分からないということなのか。けれど。
「そういえば私、攻撃術が一時使えなくなったりしたんだけど、あれは何だったのかな」
私はあれも刻印のせいだと思っていたのだが、以前ルティナが「別の可能性もある」というようなことを、示唆していたのだ。
「ああ、そういえばそんなこともあったな。だがあれは、刻印とは無関係だろう」
私の言いたいことを察したのか、ルティナはキッパリとそう答えた。
「何でそう言い切れるの? それも推測?」
「……そうだな。これも可能性の一つでしかない。が、恐らくそれに間違いはないと、あたしは思う」
「どういうこと?」
「術を使えなくなったのは、あんただけなのだろう?
あたしは今まで、普通に使えていたぞ。そしてアイツらも、だ」
ルティナはそう言いながら、視線をその先へ向けた。私もそれに釣られて首を動かす。
そこには目を瞑り、ウットリとした表情でエドの演奏に聴き入っているアレックスの姿があった。
「この刻印はあたしを除き、三人同時に付けられたという話だったな」
「そう、だけど…?」
「なら、あんただけが術を使えなくなるというのはおかしい。しかも使えなかったのは術攻撃だけだ。
そのように、ピンポイントで発動するような効力が、この紋様にはあると思うか?」
私は改めて左袖を捲ってみた。一応正装なので精霊術士の服を着ているが、今は街中ということもあり、籠手のほうは外していた。
いつ確認してみても、相変わらずシンプルな刻印だ。言われてみれば「円」と「一本の線」しかない紋様の中に、複雑な情報が入っているとも思えなかった。
とはいっても、術発動のための刻印。見かけだけで判断するのは危険だ。
私は首を捻りつつも彼女へ向かって、更に質問をぶつけてみた。
「だったらルティナは、他に何が原因で、私が術を使えなくなったと思っているの?」
「恐らく……」
ここで彼女の言葉が途切れる。その先を言うのを、何故か躊躇っている様子だ。
「ちょっと何よ。そんなに私には言い辛いことなの?」
「言い辛いわけではないが……こういったことは、直接本人が気付かなければ、あんたのためにはならないと思ってな」
「何よソレ。そこまで言っておいて、それはないんじゃない? これじゃ私、蛇の生殺し状態じゃないの」
私が大袈裟にブーブー文句を言うと。
「……分かったよ。別に隠すほどのことでもないしな」
彼女は観念したかのように、肩を竦めてみせた。




