第63話 その理由1
彼女は私の質問に対して、更に言葉を続けた。
「だがギルドが把握できたのは、瘴気が発生しているということだけだ。
その後も調査は続いているが、内部調査ができず、詳しい発生原因も掴めてはいなかった。そのため、正式な発表をされてはいない」
「それじゃあやっぱり、あの中に入ったことがあるのは今のところ、私たちだけなのね」
「そうだ。だからここで事実を吐けば」
「分かっているわ。私たちの巡礼の旅も、ここで終わってしまう可能性が高いっていうことよね」
私は強く頷いた。
もし真実を第三者に伝えるとするならば、アレックスの能力のことも話さなくてはならなくなるだろう。
だが事情を知らない者に『精霊の加護』能力のことを話したとしても、果たして直ぐに信用してもらえるだろうか。
それがもし私だったなら、絶対に信じないと思う。例え能力を見せられたとしても、アレックスのことを魔物だと疑っていたはずである。
人間が何の道具も使用せずに、精霊力を発動することは不可能なのだ。もしそれを使う者がいたとするならば、それはヒトでは有り得ない。
それにアレックスだけでなく、同行している私たちまで疑われるかもしれない。良くて故郷への強制送還、最悪では処刑される可能性もあるのだ。
「あたしもここで足止めをされるわけにはいかないんでな」
「それなら、私だって同じよ」
父には、この旅を必ず成功させると約束して出てきた。それを出だしから中途半端な形で、終わらせるわけにはいかない。
「だから、あんたたちもいいわね。『モンスター・ミスト』の中に入ったことは、今後一切、誰にも言わないこと!」
私は二人に向き直ると、強く釘を刺す。
「う、うむ……致し方あるまい」
「わっかりましたぁ~」
未だに何処か不服そうな態度のアレックスと、陽気な調子のエド。
実は二人には事前に、そのことを伝えてあった。
その時のアレックスは予想通りの反応で、「嘘を付くのは英雄として、あるまじき行為だ!」などと強く断ってきたのだが、私はそれを説き伏せることに成功している。
名付けて、『口先だけでアレックスを丸め込む作戦』!
彼の反応するであろう単語――リア(妹)、魔王、英雄…など――を会話の中へ随所盛り込み、大袈裟なハッタリなども噛ましつつ自然な流れで懐柔する、という戦法である。
因みに、この命名は私だ。
これはアレックスと付き合いの長いディーンが、よく使っている技である。私も時々説得する時に使わせてもらっているのだが、勿論この戦法は単純で頭の固い、彼にしか通用しない。
今回私は「このままでは故郷に戻れず、鍛錬も積めなくなるかもしれない」というようなことを言った上で、彼が絶対服従するであろう言葉――『リア』のことを持ち出した。
「リアが待っているんでしょ。故郷がどうなってもいいの?」と彼に問うと、途端に『そのこと』を思い出したのか、青ざめた顔であっさりと私の申し入れを受け取ったのだ。
これも以前、ディーンがアレックスを説き伏せた時に使った技だった。
妹のリアは、アレックスが黙って故郷を離れたことに、相当怒っているらしい。
そこでディーンが「このままではリアが何をしでかすか分からない。今帰らなければもう二度と、故郷の敷居を跨げなくなるぞ」というような言葉でアレックスを脅し……いや、懐柔したのである。だから今回、それを少し真似してみたのだ。
エドのほうは直ぐに「パーティリーダーである~アレックスさんの意見に従います~」と、いつもの軽い調子で言ってきたので、そちらの攻略は簡単だった。
とはいえ彼の中ではいつの間にか、アレックスが『リーダー』ということになっているらしいのだが。
「それよりエリス、さっきの話を詳しく聞きたいのだが」
「ああ…うん、いいわよ」
ルティナが何を訊きたがっているのかを察した私は、彼女の元へ近付いていった。
「あの男のことだが……やはり本当なのか?」
「……ええ、確かよ。間違いないわ」
「エリスさんたち~何の話をしているのですか~?」
「話なら、俺も聞くぞ」
私とルティナが小声で話していると、いきなり背後から二人が覗き込んできた。
「もしかして~僕たちに聞かれてはまずい~話なのでしょうか~?」
鋭い! 流石は芸術士だ!!
などと感心している場合ではなかった。私は二人のほうを振り向くと、とびきりの笑顔を浮かべて見せた。
「いや、ええっと……そ、そそんなことないわよ……あ、いや、だから……ッ!
そうっ!!
これから私たち二人、ガールズトークをするつもりなのよね。
だからあんたたちのような無粋な男が、途中で割り込んでくるのはどうかと思うの」
「がー……何だソレは??」
アレックスが眉を顰めながら訊き返してきた。笑顔で誤魔化そうとしても、やはりこの言い訳は苦しかったか。
しかし。
「それは大変~失礼致しました~。そんなこととは露知らず~僕たちはお二人に~野暮な真似をしようとしていたのですね~」
エドは頭を下げて謝ると、戸惑ったままのアレックスを促し、あっさりと私たちから離れていった。彼は見かけによらず、わりと紳士なのかもしれない。
「取り敢えずこれで、何とか落ち着いて話ができるわね」
彼らを追い払うことに成功した私は、額に滲んでいた汗を拭いながら、安堵の溜息を一つ吐いた。
「何なんだあんた、その無茶苦茶な理由は」
何故かは分からなかったが、ルティナが半眼でこちらを睨んでいる。




