第5話 装備のせい
私はディーンの話に目を丸くしていた。
果たして本当にそういうことがあるのだろうか。自分の疲れている状態が分からないだなんて。
「なあアレックス。もしかして全身が怠かったりするんじゃないのか?」
「む?」
ディーンの声で、彼は初めてこちらへ首を巡らせた。その表情から察するに、近くで会話していた私たちの声が聞こえていないようだ。
彼は先程から苦しそうな表情で顔を赤くしながら、何度も起き上がろうと試みていたのである。その額には脂汗まで浮かんでいた。
「確かにいつもより妙に重い感覚はするが……心配はいらぬ。先の戦闘の影響によるものだろうからな。恐らくこれは、装備の調整が必要だという前触れなのかもしれん。
が、しかし!
これしきのこと、俺の根性を持ってすれば、負けることがないっ!!」
気合いを入れるかのように意味不明なことを熱く叫びながら、アレックスは再び上体反らしに挑戦しようとした。しかしディーンが肩に手を掛けて静かにそれを制した。
「だがアレックス、お前は一人じゃない。俺たちは今パーティを組んでいるんだぞ。こういう時にこそ、エドの能力が必要なんじゃないのか?」
「え~? 僕ですかぁ~?」
早々と一人で寝袋の準備をしていたエドは突然話を振られ、きょとんとした顔をしている。
「エド、アレックスのためにいつものアレ、かけてやってくれ」
「了解です~」
『いつものアレ』というのは、エドが唯一使える体力回復術「アブソープライフ」のことである。但しこの術は『術が効きやすい』体質のアレックスにしか効果がなく、普通の私たちにはエドの使う技は弱すぎて、あまり効力が感じられないのだ。
「流石はエド、改めて君の演奏は素晴らしいと思うぞ! 心が洗われるようだ。俺はいつも根性で逆境を潜り抜けてきたが、やはり仲間の助けを借りるというのも良いものだな。お陰で身も心も軽くなったような気がするぞ!」
何故か涙を流しながら、アレックスはエドの演奏に聴き入っていた。
―――いつもの光景である。
(毎回毎回流して……飽きないのかしら)
私は呆れつつも、爽やかな表情で二人を見守っているディーンに訊いてみた。
「さっきの話だけど、アレックスが『疲れる』という感覚が分からないなんて本当なの?
いくらなんでもそういうのって、自然に分かってくるものなんじゃないの?」
「まあ、普通ならそういった感覚は意識せずとも覚れるものなんだが……何故かアイツはそれを装備のせいだと思い込んでいてね。だから自身で気付かない限りは、納得できないと思うんだよ。特にアイツの場合は他人がいくら口で言っても、聞く耳を持たないだろうしね」
「あーそれは言えるわね」
彼はかなり思い込みが激しい、ということはこの数日間で分かったことである。更に自分の信念を曲げない一面もあった。
何故装備のせいだと思い込んでいるのかは分からないが、今までそう思い込んでいるのなら、他人がいくら否定したとしても聞き入れてはもらえないだろう。
確かに近距離系攻撃を主体とするアレックスの装備は、私の比ではないくらいに重かった。これはこの前、私自身が身をもって体験したことである。
それを常時彼は普段着でも着こなすかのように、身に付けているのだ。例え定期的な調整が必要だとしても、急に装備の重量が増えるはずはない。
程なくして、エドの演奏が止まった。
「おお、身体が軽くなった。エドすまぬ、礼を言うぞ」
「いえ~いつもアレックスさんたちと戦えないので~こういう時にお役に立てて~光栄です~」
そう言いながらエドは寝袋の中に潜り込むと、直ぐにいびきをかき始めていた。
これもいつもの光景だった。
彼はここ最近アブソープライフを使用する度に、睡魔が襲ってくるようになったという。ディーンの話では術力の上達に、エドの体力がついていけないのではないかということだった。
確かに最初に出会った頃に比べると、ほんの少しだけだが私もエドの唄で、身体が軽くなるような感覚はしていた。
気のせいかとも思えたのだがディーンによれば、この短期間で確実にエドの術効力は上がってきているらしい。そのため彼の身体は急激な成長に追い付けず、休息を求めて睡魔が襲ってくるようになったというのだ。
回復術というのは精霊術の中でも、高度な技である。芸術士のような補助や間接系を中心とした、特殊な術士しか使えないものだ。
まだ私たちの体力を癒すまでには至らないとはいえ、毎日使えば流石にエドの術力はパワーアップしていく。それに比例するかのように精霊術で消費する精神エネルギーも増えるのだが、消費した分とのバランス保全のため自然に体力も奪われる。
身体から大量に使用される精神エネルギーと体力。それらを補うには、ある程度の休息が必要なのだ。
エドの身体はヒトが元来持っている生存本能から、それが「睡眠」へと繋がっているのだろうということだった。精神エネルギーと体力は無限にあるわけではないが、身体を休めさえすればある程度の回復はできるのである。
「では俺が先に見張りへ行ってこよう」
アレックスは傍らに置いてあった長剣を掴むと、すっと立ち上がった。
「それじゃ俺は休ませてもらうよ。交代の時間になったら起こしてくれ」
「了解した」
こうしてこの日は特に何事もなく、暮れていった。