第57話 復讐と戦闘と
「何故あの時に……父を……母を……何故殺した!?」
内容からして穏やかではなかったが、彼はそんな問い掛けにも全く動じようとはしなかった。瘴気の球へ身体を向けたまま、ただ静かにその場へ佇んでいる。
「貴様、答えろ! 何故あたしたちを裏切った!!!」
「エリス」
ゼリューはルティナの問いには答えずに、いきなり私の名を呼んだ。
「君は定位置につけ。直ぐに作業を開始する」
そこには先程までの穏やかさはなく、凍り付くような冷たい響きしか感じられない。こちらを見ようともしていない。
「ッ―――サマっ! あたしの問いには答えられないと言うのかーっ!!!」
ゼリューに無視されたルティナは、怒りのあまり顔を上気させて、再び向かっていった。が、またもや指一本動かしていない彼に、簡単にはね除けられる。
彼女は私のような新米術士などではなく、恐らくベテランの部類に入るだろう。その彼女が冷静さを欠き、闇雲に戦いを挑んでいるのだ。
彼女とゼリューの間に、一体何があるというのか。
「エリス!!」
先程よりも鋭い声が飛んだ。圧倒的な迫力のある怒声に、私は思わず身を縮める。
動くことができなかった。その声だけで全身を切り刻まれるのかと、本気で思うほどだ。
「……そうか」
ルティナは地面へ血を吐きつけると、先程の激しさからは打って変わったかのように、静かな口調で呟いた。
「貴様がそういうつもりなら」
彼女がゆらりと立ち上がる。
「ならばこちらも既に、もう何も訊く必要はあるまい」
ゼリューを見据えるその瞳には、絶望と同時に何かを決意したような……諦めたような、そんな感情が垣間見えるような気がした。
「お前に」
彼が初めてルティナのほうへ、視線を動かす。
「お前に俺は倒せない。指一本触れることさえできない」
そこに感情は表れない。
あるのは相手を射貫くような眼差し。全てを燃やし尽くすような真紅。
「ならばこれで終わりにしよう」
ルティナは術文を唱えると、左手に風を起こした。
「何度来ても同じだ」
「やってみなければ分からない。それに」
彼女は左の眼帯へゆっくりと、右手を重ねる。
「あんたも知っているはずだ。―――あたしの左をなっ!」
そのままの体勢で、ルティナは駆けていく。
ぱさり。
何かが頭上で聞こえてきた。
私はその音に釣られて顔を上げた。
そこには黒い翼が見える。小さなソレは上空を横断するかのように、猛スピードで飛んでいった。
サラの時といい今回のことといい、その傀儡が空中で『浮かんでいる』姿しか目撃したことがない。だから「あれ程の速度で飛ぶこともできるのか」と妙な感心をしつつ、私は呆然とソレを目で追っていた。
ルティナがゼリューの元へ到達する直前で、ソレは何の躊躇いもなく全身から突っ込んでいった。
左眼の眼帯に手を掛け、左拳を上げる寸前の体勢。
突然のちん入者に対して、ルティナの動きが瞬間的に止まっていた。
刹那。
頭の中が締め付けられるように痛くなった。
耳鳴り。全身の脱力感。
そして籠手下の激痛。
気が付くと私は左腕を押さえ込み、冷たい地面の上で蹲っていた。




