第54話 浄化作業者2
しかしこの話には、いくつか疑問点が湧いてきた。
「下位クラスならともかく、この魔物は中位クラスなのよ。そんなに簡単に、自分の持っている容量を見誤るかしら」
「万能薬も多く摂取すれば、毒となる」
「え?」
「魔物にとって瘴気というのは、花の蜜や中毒性のある薬と同じようなものだ。だから下位クラスは濃度が高ければ敏感に察知し、本能的にそこへ群れたがる。
ところが中位以上はそのような場所を、意識的に避ける傾向にある。中には例外もあるが、殆どの奴らには『理性』があるからな」
傲慢でプライドの高い者が、理性を失い自滅する。彼らが如何にそれを屈辱的なことと捉えているのか、人間である私でも安易に想像がつく。
「それにこの場所には、濃度の高い瘴気が漂っている。中位クラスにも人間と同等の感情や感覚があり……どちらかと言えば、人間に近いかもしれないな。故に長く留まっていれば、例え魔物といえども精神を狂わされる」
「けど、濃度の高い瘴気を魔物は、自分の体内にも宿しているのよね」
「魔物は体内に宿る精霊力を使い、瘴気を『エネルギー』に変換して蓄積しているだけだ。もっとも、時々はその残りカス――ヒトにとって不快感の要素が含まれる『気』を、外部へ直接吐き出すことはあるがな」
それはもしかして私が、幼い頃に浴びた瘴気のことだろうか。……ていうかアレって、瘴気の残りカスだったのか。
「話は大体分かったわ。でもそれなら何で、あの魔物たちは平気なの?」
私は上空を指さした。
球体の真上付近で黒や白い目玉が、五~六体ほど群れを成して浮かんでいる。
先程からずっとここに居るのだが、瘴気に侵されている様子はない。それに私を保護しているようなものも、見当たらなかった。
「アレらは俺が使役している傀儡(かいらい)『ドラゴンの瞳』」
能力のある中位クラス以上の魔物は、自ら意図的に魔物を作り出すことができる。それは使役目的が主な理由らしい。
例えばスケルトン・キラーがそうだ。その場合は元となる素材が人骨であるが、『ドラゴンの瞳』というネーミングからすると。
「まさかアレって、素材がドラゴンとか?」
私は目玉に視線を傾けたままで、何気なく魔物に尋ねていた。
「正確に言えば、ドラゴンの眼だ」
(そのまんまかいっ!)
魔物相手に、思わずツッコミを入れそうになってしまった。
ドラゴン―――確か魔王伝説ではお供として、一緒に生命の樹へ乗り込んだという言い伝えがあったはずだ。そしてトイーズダレマ大陸にある、世界で最も大きな山脈――名称は忘れてしまったが――の山奥に、今でも生息しているという噂もあった。
しかしこれも魔王同様、伝説内での魔物だ。こちらも実際に見た者はいないと聞く。
ドラゴンというのは上位クラスに属し、巨体で術力も桁外れ。しかも精霊術とは別に特殊能力もあり、千里眼まで持っていると言われている。
そんな強大な能力を持つ魔物が、今でも何処かでひっそりと暮らしているだなんて、私にはとても信じられなかった。本当に実在するのだろうか。時間さえあれば、更に深く追求したいところだ。
「傀儡は俺たちとは違って、大気中の瘴気を自ら取り込むことができない。故にその影響力を殆ど受けないモノだ」
「なら……それなら、あなたはどうなの? 傀儡でないあなたは、何故平気なの?」
「浄化作業者自らが瘴気に侵されるなど、本末転倒というものだろう。その件に関しては、俺も既に予防線を張っている」
予防線というのはもしかしたら先程、私が彼に触ろうとした時の……あの雷のような衝撃がそうなのだろうか。
「俺に訊きたいことはそれだけか?」
「あ、待って。一番肝心な質問よ。何でこんな事態になったの? 私がこの魔物を招き寄せたことと、一体何の関係があるの?」