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ゼロクエスト 〜第2部 異なる者  作者: 鈴代まお
第5章 異なる者(エリス編)
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第53話 浄化作業者1

「何で私が!? というかコレ、さっきよりも大きくなってない??」

 球体を呆然と見上げながら、私は魔物に尋ねた。そこから流れ出ている邪悪な気配も、より一層強くなっているような気がしたのだ。


「簡潔に述べるとするなら――瘴気が浄化されるどころか、最初に現れた時点よりも、更に大きくなっているということだ」




 簡潔すぎて理解できない……。




 私の表情に気付いたのか、魔物はひとつ溜息を吐くと言い直した。


「この『瘴霊の種』に渦巻いている高濃度の瘴気……その膨張がこのまま止まらなければ、外側にある霧の結界がこれを抑えきれず、辺り一帯が汚染されるだろう。

同様に、近辺にある町村の壊滅的な被害も免れないはずだ。

もしそこまで進んでしまったなら、最早俺でも食い止めることが不可能になる」


 何か一度に早口で言われ、私の頭の中は混乱していた。しかしフル回転して、何とか整理してみる。

「つまりこの瘴気が大きくなれば、付近でいろいろ大変なことが起こってしまうということなのね?」


「……端的に述べればそうだ。

それにそこから簡単に予測できる事態としては、瘴気に汚染された人々に恐怖心、或いは破壊衝動などが芽生え、町を焼くなどの暴力的行為が横行されるかもしれないということだ。

更にそこへ下位クラスの奴らなども加われば、最悪の状況に陥ってしまうのは必須」


 そんな話だけを聞いていても、直ぐにはピンと来なかった。しかしこのまま行くと、大変な事態になってしまうだろうことだけは、何となく分かる。


「でも何だってこんなことに? あなたの話では、今まで浄化をしていたんでしょう?」

「そうだ。上手くいけばあと一~二日以内で完了する予定だった。が、これは君が招いた事態でもある」

「私?」

「君があの者を招き寄せたのだろう?」


 魔物はそう言うと、私の足下に目線を落とした。私も釣られてそれを辿る。

 今まで黒い球体のほうにばかり気を取られていて、気付かなかったのだが、そこには大きな岩の塊が一つ転がっていた。


 いや、よく見れば岩ではない。魔物の頭部だ。


 その周辺もよく見回してみると、黒い布切れのようなもの。

 ヌメヌメとした光沢のある赤黒いミミズのような束。

 もしかしてこれらは衣服や内臓、或いはその一部……肉片だろうか?


 白くて大小様々な破片――恐らくこれは骨だろう――ものなどもあった。それらが折り重なるようにして散乱している。

 それに大きな水たまりのような赤黒い液体も、所々地面に乗っている。この場所へ最初に足を踏み入れた時に、何か生臭いような異臭も漂っていたのだが、もしかしたらそれらが原因か。


 殆どのものは原形を留めてはいなかったが、唯一頭部には見覚えがあった。私たちを襲ってきたトカゲの魔物だ。


「な……これは……」

 私は口を手で押さえながら顔を顰めていた。いくら魔物の死体に見慣れているとはいえ、流石にここまでのものを見せ付けられては、気分が良くない。


「この者はルティナを追ってきた刺客か?」

「ルティナ? いいえ私……私たちを襲ってきたのよ」

「君たち? それは『精霊の加護を受けし者』ということか?」


 私は無言で頷いた。『私たち』の中には、アレックスも含まれている。嘘は付いていない。


「それはサラの差し金なのか?」

「サラ……なのかどうかは分からないわ、そこまでは訊かなかったし。それよりこの魔物は、どうしてこうなったの?」


 傍から見れば、私たちが落ち着いて話し込んでいるように見えるかもしれない。しかしこうしている間にも、翼の魔物は霧の球と繋がっており、引き続き何かの作業をしているようだった。

 その甲斐があるのかどうかは分からないが、球は先程膨張して以降はこれ以上大きくなる様子もなく、小康を保っているような状態だ。しかしいつまた拡大するかは分からない。油断は禁物だった。


「濃度の高い瘴気は、ヒトにとっては毒にしかならない。しかし魔族には大気中にある精霊力と同様、術発動用のエネルギーへ変換される」




 魔物にはあるが、ヒトにはないもの――。




 術士が術発動をするためには、精霊石が必要だ。

 しかし魔物はそれに代わるものを、生まれつき体内に宿している。だからこそ術文や精霊石を使用しなくても、術が使えるのだ。


 精霊石が変換できるのは、大気中の精霊力と術士本人の精神エネルギーだけである。しかし魔物の場合は、生まれつき持っている精霊力――体内精霊力によって、それらを変換する。

 そして更に魔物は、瘴気をも取り込むことができる。これも体内精霊力によって、意識的に蓄積しているそうだ。


 下位クラスは獣なみの脳でしかないため、本能の赴くままに蓄積・放出を繰り返すが、中位以上はその能力を上手く利用し、術発動しているという話だった。


 より多くの瘴気を蓄積できれば、それだけ強さが増す。その容量(キャパシティー)の度合いによって、魔物のくらいというものも自然と決まってくる。




 ――と、無論これは術士講義での父からの受け売りであるが。



「だが多くの瘴気を取り込めばいいというわけではない。

容量以上のものを取り込めば、当然処理しきれずに身体(うつわ)は破壊される。

身体の容量というのは最初から各々、決まっているものだからな」


「まさか、この魔物は」

 バラバラに引き裂かれ、方々に散った屍体。ともすれば。


「それ以上のものを取り込もうとして自滅した、成れの果てだ」

 彼は相変わらず意識を瘴気の球に集中しながらも、淡々と答えていた。

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