第52話 瘴気の森2
私は一瞬、困惑してしまった。
今まで『瘴霊の種』などというものを一度も見たことがなかったし、聞いたこともなかったからだ。
それに瘴気を排出する場所は確か――。
「そうだ。瘴気は通常、精霊の社近辺にある『瘴気の穴』から噴出されるものだ」
『瘴気の穴』はどの社にも、必ず数ヶ所は存在していると言われている。その場所は鉱山付近が殆どで、この辺りでいえば「水の社」を挟んだ、反対側の山に位置するという話だ。
しかし噴出量は年二~三回程度と少ない。それに大気中で蔓延しているものと同様、低濃度の排出量でしかなかったはずである。
「『瘴気の穴』から噴出されるものは低濃度なため、魔物もそこへは群がってこない。
だがこの『瘴霊の種』には、瘴気の穴から噴出する濃度の、約数百倍の瘴気が凝縮されている。だからこそ魔物が、この場所に集まってくる」
モンスター・ミストが出現すれば、魔物は湧いてくる。それが瘴気のせいだとは知らなかったが、「魔物を引き寄せる霧」――その正体が瘴気の塊であるのならば納得できる。
しかし解せないのは。
「それじゃあこのモンスター・ミストが、『瘴霊の種』を生み出しているってこと? なのに破壊って???」
「モンスター・ミスト自体が、種を生み出しているわけではない。この霧は外部へ漏らさないための結界だ。
しかし種から噴出される瘴気濃度が高いために、完全な遮断は難しいがな」
するとこの霧が、内部の瘴気を封じているということなのか?
だがにわかには信じられない。
「にわかには信じられないといった顔付きだな」
「!?」
何故、私の考えていることが分かったのだろうか。
というかさっきから何だか、私の思考を全て見透かされているような気がする。まさか先程かけた術のついでに、心の中が読めるようになる術でもかけたのだろうか。
「そ、そそれなら一体、ソレは何だというの? 何でそんなものが存在するの? それにあなたはここで一体、何をしているわけ?」
何となく意地の悪そうな笑みを浮かべている魔物に対して、つい勢い込んで質問をぶつけてしまった。
「俺はここで種の浄化を行っている。そしてこれの持ち主は……俺と同族の者だ」
同族! まさか。
「同族って……サラ?」
「何?」
魔物はその言葉に反応した。
「君は、サラに会ったことがあるのか?」
今までそれほど顔色を変えたことのない彼が、初めて見せる表情だった。
それに私は大事なことを思い出した。ここに来た目的だ。
「そうよ。それに私はあなたに訊きたいことがあって、ここに来たんだったわ」
「訊きたいこと?」
「ええ、これを見て」
私は左袖を捲り上げると、装備している籠手を外した。そこには正円形のケーキに、ナイフを上から中心まで一本入れたような紋様がある。
「この刻印がどんな術なのか、私は知りたいの。
『精霊の加護』には、魔物からの術が効かないって話よね。なのに私たちは、この刻印をつけられたわ」
コレは本物の『精霊の加護』保持者である、アレックスにまで付けられていたのだ。
それ以外での魔物の術攻撃は、特殊能力によって防御している。その場面を何度も見てきた私にとって、これが一番の疑問点だ。
「それにまだ発動もしていないし、未だに何も起こらないのもおかしいし……だからあなたに、このことを尋ねたくて」
私が腕を強く前へ押し出すようにして見せると、魔物はそれをじっと見詰めた。
「これは……この紋様は、君だけが付けられたのか?」
「え?」
私が答えようと口を開いた時、間近で破裂音が鳴った。
魔物は直ぐに舌打ちをすると、顔を前へ向ける。霧の球が先程よりも、大きく膨れ上がってきた。
「……やはりここは君に、手伝ってもらうしかないな」
「へ……えぇぇっ!??」
目の前の状況を全く飲み込めない私は、その場で戸惑うしかなかった。