表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゼロクエスト 〜第2部 異なる者  作者: 鈴代まお
第5章 異なる者(エリス編)
51/71

第50話 その能力

 思った通り、である。この魔物もサラたちと同様、『精霊の加護』を知っていたのだ。

 私の顔を眺めていた魔物が、少しだけ眼を細める。


「やはりそうか。

術無効化は、ヒトにも魔族にもない能力だ。

かつてこの能力を、意図的に創り出そうとした者たちがいた。ヒトは魔族に、魔族はヒトに対抗する手段として」


 この話は初耳だ。そのような能力を意図的に創るなど、聞いたことがない。


「だがそれは両者とも未だに成し得ていないはず。

『精霊の加護』という術無効化能力には、『精霊の意思』が必要不可欠だからな。地上に居る我らが簡単に創り出せるものではない」


(精霊の意思?)

 何のことだろうか。


 ……それに。


(術無効化?)


 この魔物は今『精霊の加護』が、「術効力を無効化」できると言った。

 だが実際に、私が目の当たりにしたアレックスの能力は、「術効力を防御」していただけに過ぎない。つまり効力を消失せずに防御術と同等の能力―――ただ攻撃を防いでいただけだった。


 『無効化』というからには当然、相手の術効力も消失させなければならない。それは防御能力とは異なるはずだが、この認識の矛盾は一体何なのだろうか。


 私が疑問に思っていると、頭上から微かな羽音のようなものが聞こえてきた。


 そこに居たのは、黒くて丸い目玉が一つ。両脇にはコウモリのような羽も生えている。

 この前、サラやリチャードと一緒にいた小魔物に似ている……というか、恐らく同じものだろう。


 同じく見上げていた魔物の元に、ソレはふわふわと揺らめきながら降りてくる。

 手の届く範囲にまで来た時、彼は少し距離を置いた状態でその頭を右手で翳した。次いで小魔物の全身が、黒く光り出す。


 しばらく彼らはそのまま佇んでいた。が、やがて小魔物のほうは巣立ったばかりの雛鳥のように、不安定な動きで羽ばたきながら、木々の向こう側へと消えていった。

 魔物は私に背を向け、それが視界から消えるまで見送っていたのだが。


「この場所には瘴気が充満している。君もその知識はあるのだろう?」

 こちらへは振り向かずに訊いてきた。




 瘴気。




 父から受けていた講義で、何度も出てきた言葉だ。


 術士や魔物が術を使用する時に必要な精霊の力は、この地上の大気中に存在している。そしてその中には「瘴気」も含まれている。

 瘴気は通常、低濃度で浮遊しているため、人体への影響は皆無である。だが濃度がある程度高くなった場合には、徐々に体内へと入り込んでしまう。


 嘔吐や頭痛、悪寒、恐怖心、気力低下、全身麻痺、圧迫感、破壊・暴力衝動……などなど、人によって症状は様々であるが、それらを引き起こし、最悪の場合には死に至る―――と、この程度の知識ならば私にもあった。


「君は瘴気に侵されていた。俺がそれを中和して、影響力を一時的に防いでいる。が、およそ三時間程度の効力しかない」

「え!? 防いでいる???」

「君の身体に、防御ガード用の薄い膜を張った」


 私はその言葉で、自分の両手や体中を見回してみた。それらが先程から何故かキラキラと輝いて見えていたが、もしかしたらこれがそうなのか。

「但し体内に瘴気が入り込まない代わりに、精霊術も使えない。それにこれはあくまでも、瘴気を防御するためだけの処置だ。外部からの攻撃を防ぐこともできない」


 つまり今攻撃を受けてしまうと、防御さえもできないということなのか。

 私は愕然とした。精霊術を使えない精霊術士なんて――。


「あ……あなた一体、何を企んでいるわけ?」

「企む?」

「そうよ。術を封じて、その隙に私を一体、どうしようって言うの!?」


 混乱しつつも精一杯張った私の虚勢に対して、魔物は少し吃驚したような顔付きを見せた。しかし直ぐにまた元の険しい表情に戻る。


「どうもしない。ただ君を殺す理由がないだけだ」

 それだけを言うとこちらを振り向きもせずに、そのまま前へ歩き出そうとする。


「ちょ…! それって、答えになっていないわよ!」

 その返答に納得のいかない私は走り寄って、思わず彼の翼に触れようと手を伸ばした。


 が。


 雷のような轟音とともに、私は地面へと投げ出されていた。

 痺れと全身を暴れ回るような激痛。もし「大きな雷に打たれる」とするならば、こんな感覚なのだろうか。


「精霊術は使えないが『精霊の加護』ならば発動するはずだ。君はその能力を使って、この場所から早々に立ち去るがいい」


 魔物は何事もなかったかのようにそう言い残すと、木々の間へと消えていった。横たわったまま、呆然と後姿を見送っている私だけが、その場に取り残されていた。


 彼は私には『何も』していない。こちらに敵意も見せなかったし、攻撃も――指一本さえも動かさなかった。

 単に私が彼に触れようとしただけである。それともアレは私にかけたものと同じ、防御術の類だろうか。


 だが相手は上位クラスだ。私の知らない術を使っていたとしてもおかしくはない。その辺りのことは、あまり深く考えない方がいいのかもしれない。


 しばらくの間、全身に感じる痺れと痛みで、立ち上がることさえできなかった。あの激痛でよく死なずにすんだものだと、我ながら感心してしまう。

 ようやく何とか起き上がれた私は、早速掌へ意識を集中させてみる。

烈風天駆ヴァン・ヴォレ・ヴィン


 他にもいくつか思いつくままに術を唱えてみたが、何れも駄目だった。昼間の時は弱いながらも使用できたが、今回は精霊石さえも反応しない。




『精霊術は使えないが、「精霊の加護」ならば発動するはずだ』




 何故あの魔物は、そう断言できたのだろうか。それに人間である私を瘴気から保護し、ご丁寧に忠告まで添えて、殺さずに放置するのは何故だろう。


 考えられるのは、私のことを『精霊の加護保持者』と思っていることくらいだ。

 もし翼の魔物がサラの仲間だった場合には、その可能性が一番高い。彼女もまたそのような理由で、私たちを殺さなかったのだから。


 それにサラと同種族のような感じだったし、何より同じような術文も唱えていた。



 ……あれ? 同じ術文?



 私は左腕を押さえる。

 もしかしたら彼ならば、サラに付けられたこの「紋様」が何なのかを、知っているのだろうか。


 しかし。


 彼の消えていった方向へ目を向けた。



 ―――――あそこへは行きたくない。



 それは本能的なものだろう。そして何故そのように感じているのか、理由を私は知っている。


 瘴気だ。


 私は幼い頃に、中位クラスから放たれる瘴気を浴びたことがあった。その時のことは今でもあまり思い出したくはないが、畏怖の念を抱いたことを強く憶えている。

 当時はその感覚が何なのかを知らなかった。しかし後にその時の状況を父へ話した時、それが魔物の放つ「瘴気」だと教えられたのだ。


 先へは行きたくない。けれど、腕に付けられた紋様の効力を知りたい。

 私がその場でしばらく悩んでいると。


「……ハァ……ハァ……」


 不意に背後から、獣の荒い息遣いのようなものが聞こえてきた。

 それが耳に入った瞬間、私の身体は無意識に動いていた。そして前方にある木陰へと滑り込んだ。


 ここは「モンスター・ミスト」――つまり、魔物の創り出した結界の中だ。獣など居るはずがない。居るとすれば恐らく、結界を解いたであろうルティナたち、そして先程の魔物と私たちを追ってきた敵だ。


 しばらく私はそこへ隠れて様子を窺っていた。息遣いは確実にこちらへ近付いている。

 後方の木陰から黒いものが現れる。遠目からもその姿を捉えることができた。


 黒装束に身を包んだ、トカゲの顔をした魔物――私の予想通りだった。

 しかし徐々にその姿が大きくなるに従って、何処か様子のおかしいことに気が付いた。


 酔っ払ったかのような覚束無い足取り。顔を前へ突き出し、不恰好に丸められた背。

 剥がれたマスクから覗く口元は、だらしなく開けられ、血走った焦点の定まらない眼は動かずに、真っ直ぐ前を向いたままだ。


「……臭う……臭うぞ……」

 魔物は口からよだれを垂れ流して、そのような言葉を呟きながら、私の直ぐ脇を通り過ぎていく。こちらには全く気付いていないようだ。

 私は魔物が茂みの奥へ消えていくのを、そのまま見送っていた。


 何が「臭う」のだろう。確かにこの奥からは、瘴気を感じているけれど。


 私はここで覚悟を決めることにした。


 どちらにせよ私には、「精霊の加護」がないのだ。勿論アレックスが居なければ、ここから抜け出せるはずがない。

 昼間のルティナの話から考えると、彼女は先程の翼の魔物の元へ行くつもりなのだろう。ということはそこに行けば、或いは彼女たちに会えるかもしれない。


 それに今の敵の様子も気になるし。


「取り敢えず、行ってみるしかないわね」

 私は気合いを入れるかのように呟くと、思い切って茂みの中へ足を踏み入れた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ