第4話 いつでも全力
私たちは食事を終えると、後片付けを始めた。
食器や調理器具は、その辺に落ちていた木の枝や落ち葉に私とディーンで強化の術をかけ、それらしい物に加工していた。だから使用を終えた物は元の姿に戻してやるだけなので、後片付けは簡単に終わる。旅をする時は食器など、重く嵩張る物を持ち歩かないのは常識だった。
精霊術というのはこういった使い方をすることもあり、日常的に大いに役に立つ術でもある。「一パーティに一人の精霊術士」といわれるくらい、パーティには必ずといっていいほど精霊術士が含まれているのだ。そのため精霊術士を希望する者は、他術士希望者よりも全体的に多いらしい。
しかし一精霊のみを使用する他術士とは違って強力な大技を出せないという欠点もあり、攻撃時には状況に応じて六精霊の能力を上手く使っていかなければならなかった。
「エリス、疲れているんじゃないのかい? もう休んでもいいよ」
ディーンがいつものように、優しく私を気遣ってくれた。
「でも、ディーンたちだって疲れているはずなのに……いつも見張りを二人に任せっきりだなんて、何だか申し訳ないんだけど」
魔物を一度に十数体前後も相手にするのは、少々骨の折れることだった。しかしそれは一緒に戦っているディーンとアレックスにも同じ事が言える。
「俺はこういうことには慣れているからな。しかし君たちはまだ旅には不慣れだ。今はじっくり身体を休め、いざという時のために万全の準備をしておくことも大切な修行の一つだよ」
「うむ、ディーンの言うとおりだ。休めるうちに休んでおく。これも修行だっ!」
アレックスは突然勢いよく立ち上がると、何故か拳を天へ振り上げて熱く叫んだ。相変わらず意味の分からないポーズだ。
「けどアレックス、あんた旅にはあまり出たことがないんでしょ? 確か巡礼にも行っていないという話だし、なのに何でそんなに元気なの?」
私は彼を不思議に思いながら見上げた。あれほど前線で戦っていたというのに、疲れている様子が全くないのだ。
「俺は長旅をしたことはないが山へ籠もり、修行に明け暮れる毎日を送っていた。自己に課せる厳しい鍛練ゆえ、自慢ではないが疲れというものを知らないのだ」
「そんなものかしら」
「ははは……アレックスはこう見えても意外にタフだからな。しかしそろそろ、それも限界に来ているとは思うよ」
ディーンはそう言うなり、立っているアレックスのヒップを下から軽く叩いた。すると彼は私たちの前へ俯せで勢いよく、簡単に倒れ込んでしまったのである。
「な、何故だっ!?」
地面で藻掻きながらも立ち上がれないアレックスと、驚いてその場で固まっている私。しかしディーンは相変わらず、清涼感の漂う顔で私たちを眺めながら微笑んでいる。
「やっぱりアレックスは、かなり無理をしていたようだな。まあ、そんなことだろうとは思っていたけれどね」
「どういうこと?」
「通常敵と戦闘に入った場合には、能力をある程度まで押さえつつ、余力を残して戦わなければならない。余力がなければ戦況を見通す判断能力を鈍らせたり、予想外の敵が出現したとしても、戦力がもう残されていないという状況に陥ってしまうからね」
ある程度の余裕を持って戦うのは、術士としては当然の行為である。毎回全力で戦っていたら疲れるし、次の戦いにも支障が出る。
「ところがアレックスはその余力――先のことを全く考えないで戦っている。例えどんな弱い敵にでさえも同様の力を発揮しているのさ。だから戦闘が終わる度に体力のほうは、かなり消耗されているはずなんだ」
「え……つまりアレックスはいつも、どんな弱い敵に対してさえも、同じように手加減なしで戦っているってこと? でも疲れているようには見えないんだけど」
あまり体力を消耗しているようには感じられなかった。戦闘が終わっても疲れを見せず、いつでも涼しい顔をしていたからだ。
「それは自分が『疲労している』という、自覚がないからさ」
「は?」
「『疲れる』という状態がどういうものなのか、本人は全く理解していないんだよ」




