第48話 信じる心
アレックスが真っ直ぐな瞳をこちらに向けてくる。その煌めきに耐えきれなくなったあたしは、何となく視線を逸らしていた。しかし彼はそのまま言葉を続けた。
「パーティとは、喜びも悲しみも共に分かち合い、信頼し助け合う仲間のことだ。
もし君の苦しみを、少しでも分けてくれるというのであれば、それを受け止めよう。
君が魔物であろうとなかろうと、それはほんの些細なことだ。
俺は君を信頼すると……仲間だと最初に言った。その信念はこの先も、決して曲げることがない。
何故なら俺はそんな自分自身を、一番に信頼しているのだからな」
アレックスは胸を張って、堂々と宣言した。
ああそうか、この男は―――。
この全身から溢れんばかりに漲る自信。
それは自分自身を心底、信頼している証なのだろう。
『信頼』などという、陳腐な言葉を口にするのは簡単だ。
だがこの男はそれを、心の底から信じ込んでいる。
自分の感じたこと、行為そのものを――全てを信じている。だからこそ、そんな自分の信じている他人も同様に信頼できる。
故に日頃からこれほどまでに真っ直ぐで、目が眩むほどの自信に満ち溢れているのだ。
「……あんた、お目出度いな」
「そうだ、俺は目出度い男なのだ。
だからこそ君が何を言おうとも、俺は君の手伝いをする。
俺自身が、そう決めたのだ」
「僕も~アレックスさんを信じています~。だからルティナさんにも~ついていくです~」
コイツらには、あたしの皮肉も通じないというのか。
本当にお目出度い奴らだ。そして脳天気な馬鹿どもだ。
ようやく少し気力の回復したあたしは、そのまま無言で歩き出していた。その後ろから彼らも平然と、当たり前な顔でついてくる。
「しかし問題は、エリスのことだが……」
「そうですね~何処に居るのでしょう~」
二人とも心配そうな声を上げていたが、直ぐに。
「ですが~エリスさんのことです~。きっと大丈夫ですよ~」
「うむ、そうだな。この中には確実に居るのだ。そのうちまた会えるだろう」
彼らは傍から見れば、根拠のない自信とともに明るい調子に戻っていた。が、突然エドが、怯えたような声を出してくる。
「な、なんだかこの先、変な気配がします~。この先へは行きたくないような~……そんな変な感じです~」
「変な気配……うむ、それなら俺も感じているぞ」
ようやくここにきて、二人とも気付いたようだ。
この中に蔓延している気配―――瘴気の存在に。
「しかしこの禍々しい気配、外にいた時から疑問に思っていたのだが、一体何なのだろうな。この強力なもののせいで、他の気配が何も感じられぬ」
「! 何だと!?」
「ど、どうしたというのだ、ルティナ。いきなり吃驚するではないか」
勢いよく振り向いたあたしに対して、アレックスが目を丸くしているようだった。しかしあたしは、それ以上に驚いていた。
「あんたは外にいた時からこの気配……瘴気に気付いていたというのか!?」
「それがどうしたというのだ。というより、これは『瘴気』と言うものなのか?」
人間は瘴気の発生場所へ近付かなければ、感知できない。それを排除しようとする本能が、無意識下で働くからだ。
例え感覚の鍛えられている芸術士であったとしても、近付かなければ感知できないのが普通である。
芸術士の感知能力というのは、自身に向けられる殺気にのみ有効なだけだ。それ以外は他の術士と、何ら違いはない。
それなのに彼は人間でありながら、更に外界からも感知できたというのか。
「この何だか嫌な気配~これが瘴気なのですか~。
魔物には麻薬のような症状が出ますが~ヒトにとっては毒にしかならないと聞きます~。
僕のお師匠様も中位クラスと戦った時~それを浴びたことがあると聞きました~。その禍々しさゆえ~直ぐに逃げ出したくなったそうです~」
「それは恐らく中位クラスが、人間を威嚇するために放ったものだろう。
瘴気というのは、あたしたちが術発動時に必要な精霊力と同様、通常、空中に拡散されて浮遊している。それは知っているだろ?」
「はい~。ですが濃度がかなり低いため~人体には殆ど影響がないと~言われています~」
「そうだ。例え魔物であっても、意識していなければ感知はできない」
それはあたしも例外ではなかった。
あたしも他の魔物と同様に、濃度の高い瘴気は感知できる。しかし普段生活している上では、あまり意識することがない。
「それでもこのように高濃度のものが蔓延していれば、知らずに体内を蝕まれてしまう。特に人間というものは、その影響力を直に受けやすいからな」
「では~その中にいる僕たちは~大丈夫なのでしょうか~」
「それは何とも言えない。だが一説によれば、何者にも屈しない強い心、精神力を持つ者だけが、瘴気の影響力を弱めることができるらしい」
「うむ。ならば何も心配はいらないぞ、エド。
強い心、精神力であれば、俺たちに常時備わっているものではないか」
「そうでした~。アレックスさんの言うとおり、僕たちには~心配無用なことでしたね~」
彼らは再び明るく笑い合いながら、自画自讃していた。
そんなことをしている間にも、あたしたちは歩みを止めてはいなかった。
徐々に目的地へと近付いていく。あたしの足は、自然と速くなっていた。
もうすぐ。
もうすぐだ。
長年の悲願を果たす時が、ようやく来たのだ。
背後で二人が何かを言っていたようだ。だがあたしは振り向かず、足を止めることもなかった。
周囲で変わることのない緑色風景が、一段と加速していく。
そして不意に途切れたその先には―――。
―――ヤツだ。
ヤツがいた。
漆黒の髪。切れ長の瞳。
面長気味な彫りの深い端正な顔立ち。浅黒い肌。
問い詰めねばならない。
何故、友人でもある両親を殺した?
何故、村に火を放った?
何故、人の姿であたしたちの前に現れた?
何故、あたしの眼を封じた?
何故、『母親』を裏切った?
だが十二年前と変わらぬその姿を見た途端、それらが綺麗に無くなっていた。
今まで積み重ねてきた想いごと、頭の中から全てが吹き飛んでいた。
代わりにヤツの名を叫ぶ。腹の底から叫んでいた。
そしてあたしは―――。