第47話 復讐心
「なんと! 魔物の血が!?」
驚きの声を上げているアレックスを尻目に、あたしはそのまま踵を返して歩き出した。
「あ、ルティナさん~待ってください~」
「待つのだ、ルティナ!」
彼らは再び、あたしを追ってこようとしている。
「何故、まだついて来る」
「無論、君と同じ目的だ。俺も君の手伝いをするぞ。それが英雄たる俺の使命でもあるからな」
「僕も勿論~何かお役に立てることがあれば~お二人のお手伝いをしたいです~」
あたしは歩みを止め、変わらずに胸を張っている彼らに顔を向けた。
「あんたたち、さっきの話で分かったんじゃなかったのか。あたしが本当の仲間ではない、ということを」
彼らは黙り込んだ。しかし直ぐにアレックスが首を傾げ、口を開く。
「君が仲間ではない? 先程自ら、俺たちの仲間だと宣言したばかりではないか」
「さっきと今とでは状況が違うだろう。あたしには魔物の血が流れている。つまりあんたたちにとっては、異質な存在だ」
「しかし~ルティナさんは人間にしか見えませんし~僕としては~まだ半信半疑なのですが~」
通常の半魔半人は、母体が魔物だ。つまりその子供の容姿もソレだというのが、一般的だった。
だがあたしの場合は母体が人間。生まれてきた容姿も人間と大差ないものだ。ただ外見上で唯一違うところといえば、左右の瞳の色だけだった。
これはヒトから生まれてきたあたしだけの、特殊な身体のようだ。例え半魔半人であったとしても、左右の瞳の色は、同色で生まれてくるのが普通だからだ。
「疑うのであれば、疑えばいい。だがあたしは嘘を付いてはいない。だから仲間にはならない」
「ですが~もし魔物の胎内から生誕したとしても~僕たちと同じ~ヒトの血も入っていますし~」
「うむ。それに俺は一度言った言葉を、後から撤回などしない。例え君の身体に魔物の血が流れていたとしても、俺は今でも君のことを、大切な仲間だと思っている。だから安心してくれ」
「安心も何も―――!? ……くっ」
反論しようとしたあたしだったが、その途中で地面へ蹲っていた。
再び力の抜けるような感覚。
先程、自身の強大な能力を解放した。そのせいで少し、外部からの『毒』の侵入を許してしまったのだ。
加えてこの能力は今でも、不安定なままだった。
これを最初に解放したのは、約十二年前。
当時はあたしもまだ普通の子供で、修行も開始していなかった。実際、現場に居合わせた師匠に助けられなければ、このように生きてはいなかっただろう。
だが今のあたしは修行を重ね、ある程度の力は付いていた。そのための調整も重ねてきている。
それでもこの能力は、一度に二回が限度。
母体が魔物であれば簡単に制御できるものなのだろうが、人間であるあたしには、修行を積んでいてもこれが精一杯だった。
ヒトの身でありながら、内にある魔族の能力を解放する。つまり精霊力を自ら持つことの出来ない、ヒトの肉体の限界値を超えてしまうということだ。
最初は自身を生んだ母親を恨んだりもしたが、逆に今では感謝をしている。
能力が暴走するということは、限界を超えるということ。限界値を超えるということは、予想外の能力が生まれる確率も高い。
上位クラスの魔物を、あたし一人だけで倒せるかもしれない。
とは言うものの、この能力に関しては、あたし自身も熟知しているわけではなかった。それゆえ、確実に勝てる見込みは皆無だ。
しかし例え一欠片であったとしても、その可能性を取り出すことはできるはずだ。
そのためだけにあたしは今まで生きてきた。
ヤツと戦うのは一度だけ。
その能力さえあれば十分だ。
「ルティナさん~大丈夫ですか~? 凄い汗です~。顔色も悪いですよ~」
「大丈夫だ……問題はない……」
あたしは伸ばされたエドの手を払い除けると、気力を振り絞って立ち上がった。
この程度で立ち止まることはできない。
十二年前にあたしを――両親を裏切ったあの男を、決して許さない。
「ルティナよ、君は何をそんなに独りで頑張っているのだ?」
「何?」
「両親の敵を討ちたいという気持ちなら、俺にもよく分かるのだ。
出来ることならば、俺の両親を殺した敵である憎き『流行病』を、俺自らが手を下して抹殺したいと思っているのだぞ!」
「アレックスさん~『流行病(やまい)』は抹殺なんて~できませんよ~」
勢いよく拳を振り上げたアレックスに対して、エドは即座に突っ込んだ。
「む……む無論だ。俺もそのくらいは分かっているつもりだ。それと同等の気持ちを、自分でも持ち合わせていると、言いたかっただけなのだ」
アレックスは直ぐに咳払いを一つしたが、その白い頬には少し、赤みが差したようにも見える。
「だが復讐からは何も生み出さないし、得るものなどもないはずだ」
「……何だあんた、今頃あたしに説教するつもりかい」
「いや、説教などするつもりは毛頭ない。
だが今の君を見ていると、何故か生き急いでいるような気がして仕方がないのでな」




