第45話 解放
「貴様だけでは話にならんな。俺はその女とも戦いたいのだがな」
そんな彼を尻目に、敵はこちらへ視線を向けながら言ってきた。
どうやら相手は、こちらも一緒に倒すつもりらしい。やはりこれ以上余計な時間を取らせないためにも、自分が前へ出るしかないだろう。
そう判断したあたしは、意識を集中させるかのように深々と息を吐くと、アレックスの前へおもむろに一歩を踏み出した。それを見た彼が、慌てた様子で更に前へ飛び出してくる。
「ルティナ。ここは俺に任せて、君は先を急ぐのだ。君は自分の成すべきことを、最優先させるのだ!」
あたしの前へ右手を広げ、再び肩越しから熱い眼差しを向けてくる。
この男、自分があたしの邪魔になっていることが分からないのか?
あたしは苛立つ気持ちを何とか抑えながら、諭すように静かな口調で言葉を発した。
「……アイツはあたしも指名している。あんただけでは役不足なんだとさ」
「そうですよ~アレックスさん~。相手は~ルティナさんとも戦いたいのです~」
「む……だがしかし」
「あたしなら大丈夫だ。それともあんた、『仲間』であるあたしが信じられないのかい?」
「仲間?」
「さっきあんたは『パーティ(仲間)とは、信頼し得る唯一無二の存在だ』とか言っていただろう。今の行動は、その言葉と矛盾しているぞ」
「む……むむむ……???」
彼は途端に、苦悶の表情を浮かべた。
「あんたは今、怪我を負っている。その状態で敵とまともに渡り合えるとは思えない。
確かにあたしの目的やあんたの役目とやらも大事だろうが、それは目の前の敵を倒してからでも遅くはないはずだ。
だから今は『仲間』である、このあたしを信頼してくれ」
「そうですよ~アレックスさん~。ここは『仲間』であるルティナさんを~頼るべきです~。
それに~ディーンさんのことは信頼して~ルティナさんのことは信頼しないつもりですか~?
二人とも~同じパーティ(仲間)じゃありませんか~」
アレックスは突然何かに気付いたかのように、目を見開いてエドを凝視した。そして直ぐに苦悶の表情に戻ると。
「むむむ……正しく……。
『仲間(パーティ)』とは即ち、信頼関係。
それを失うということは、最早パーティは、その機能を果たせなくなるという意味でもある」
アレックスは何やら、難しい顔付きのままで呟き始めた。
そして程なくして―――。
「うむっ! 俺はようやく目が覚めたぞ!」
その碧い瞳に目映い光を宿しながら、彼はあたしの手を力強く掴んできた。
「そうだ。このような時だからこそ、仲間を信頼せねばならぬのだ。
君は仲間である俺のことを、これほどまでに想っているというのに……なのに俺は君のことを……済まなかった。ここは君に任せるべきだったな」
「ま……あ、分かればいいんだ」
あたしは近づいてくる、一点の曇りのない澄んだ碧瞳から顔を背ける。無駄に綺麗な容貌は、何となく苦手だ。
本当のことを言うとあたしには、アレックスがどうなろうと知ったことではなかった。それにいつもなら「邪魔だ、そこを退け!!」の一言だけで済むところだ。
しかし彼を相手にしていると、怒るのが何故か馬鹿らしくなってくる。
だから適当な御託を並べてみたのだが、まさかこんなつまらない言葉で、あっさり納得するとは思わなかった。なんて単純な男だ。
「……貴様ら、さっきから何をコソコソとやっている」
声の主を見てみれば、あたしよりかなり苛立った顔付きをしていた。それなのに会話が終わるのを待っていたとは、魔物のくせに律儀な奴。
「全員まとめてかかってこいと言っているんだ。そのほうがこちらとしても余計な手間が省けるし、仕事も早く片付けられるからな」
どうやらコイツも『危険』なこの場所から、直ぐにでも立ち去りたいらしい。あたしも精神力で今の状態を何とか保ってはいるが、長時間は持たないだろう。
「偉い自信だな。だが先鋒はあたしだ」
「ほう? 他の二人は介入しないのか」
「あんたがあたしを指名したんじゃなかったのかい」
「うむ。それに一対三の戦いになると不公平であり、術士としての誇りをも穢すことになってしまうからな」
「……………」
あたしはアレックスを無視し、無言で目の前の敵を睨み付けた。戦闘時において冷静さを欠き、尚且つそれを相手に悟られてしまったなら、確実にこちらが負けるだろう。
「ところで、もう一匹はどうしたんだ? 姿が見えないようだが」
「ああ、ボブのことか。さあ、どうだったかな」
(何かを企んでいるのか?)
その表情を見ても、真意を量ることができない。それに蔓延する気配が邪魔をしていて、周囲を探ることも難しい。
だが条件なら相手も同じ。
ならば。
あたしは左眼帯に右手を添え、同時に左拳も強く握り締めた。
こちらとしても、戦闘を長引かせたくはなかった。それに余計な術力も使いたくない。
もし敵が何かを企んでいたとしたら、実行させる前にこちらから仕掛ける!
あたしは相手のほうへ真っ直ぐに向かって、地面を蹴った。
「強硬風拳!」
左拳に精霊力を注ぐ。
相手がそれに対して口角を上げながら、いつものように身構えているのが目に入った。
この術は奴の目の前で何度も放ち、その度に受け流されている。敵にとっても「何を今更」という感じだろう。
あたしは近づくにつれて徐々に術力を上げていった。
そして拳を放つ直前で、左眼を『解放』した。




