第44話 彷徨う者たち2
そして一呼吸置くと、続けて言った。
「この先には元凶である、強敵が潜んでいる。そいつを倒すのはあたしの役目だ。あんたたちは必要ない」
「む、それは何故だ? 俺も君と一緒に戦うぞ。
モンスター何とかという、魔物を引き寄せる得体の知れない霧から――そしてその原因である敵から、周囲の人々を守るのだ。
それを途中で放り出すことなど、英雄であるこの俺に出来るはずがない!」
拳を振り上げ、熱の籠もった瞳であたしを見据えてきた。
そういえば彼は昼間「世の人々を助けたいと願う…」などと、あたしのことで妙なことを言っていたような気がする。
「あんたは何か誤解をしているようだが、あたしは他人を守りたいだとか……生憎とそのような、偽善的な正義感は持ち合わせていない。
ただヤツに個人的な恨みがあるから、それで倒したいだけだ」
「個人的な恨み、ですか~?」
「そうだ。あたしはヤツに両親を殺された。その復讐のためだけに動いている。
だからあんたたちの言うような、大層な理由なんて、一切ないんだよ」
あたしが淡々と話している間の彼らは一様にして、驚きと戸惑いの表情を浮かべていた。だが構わずに言葉を続ける。
「それにあんたたちと元から馴れ合う気はないし、一緒に戦うつもりもない。あたしに仲間なんて必要ない。
アレックス、あんたのことはこの結界を解いた時点で、既に用済みだしな」
もしかしたら失望させたかもしれない。
だがそれでいい。
そのほうが、こちらとしても好都合だ。このまま一緒に行動していても、彼らはあたしにとって、邪魔な存在にしかならない。
ややしてから彼は難しい表情を崩さず、おもむろに口を開いた。
「例えそうであっても、君は俺たちの仲間だ。
その仲間が成し遂げようとしていることを手助けしないで、何が『仲間』と言えようか。
いざという時に窮地を救うのが、真の『パーティ(仲間)』というものであろう」
「おい待て。あたしの話を聞いていなかったのか?
いつからあたしが、あんたたちの仲間になったんだよ」
眉間に皺を寄せ、真剣な表情でおかしなことを言う男だ。
「む、違うのか?
『パーティ』とは共に協力し助け合い、深い絆で結ばれた信頼し得る、唯一無二の存在なのではないのか?」
小首を傾げながら不思議そうな表情で、こちらを見詰め返してくるアレックス。それに対してあたしは重い何かが、全身へ徐々にのし掛かってくるような、そんな感覚を憶える。
「それにこの何とかミストとかいう霧を発生させている元凶が、ここに居る魔物なのだろう?
ならば仲間の窮地が救え、尚且つ英雄としての役目も果たせる。
これで全てが、丸く解決できるのだ!」
アレックスは力強くそう言うと、右手の人差し指をあさっての方向へ天高く掲げてみせた。
……何なのだろう。今までに味わったことのない、この奇妙な疲労感は。
と、ここで、風の切る音を微かに感じたあたしは、考えるより先に身体を動かしていた。
無数の黒い閃光が、さっきまであたしの居た場所を通り過ぎていく。その先は森のような場所になっていて、そこに生えている数本の樹木を刻んでいった。
飛んできた方向に顔を向けてみる。
するとそこには、昼間戦った黒装束の男。……いや、今は魔物の姿に戻っている。
魔物はこちらの様子を窺うように、ゆっくりと近づいてきた。
「やはり貴様とは、縁があるようだな」
奴は懐から短剣を二本取り出した。刀身が全体的にスパークしているようだ。それ自体に術を掛けたらしい。
あたしは溜息をひとつ吐いた。
コイツもあたしと同様、先程の演奏に導かれてきたのだろう。
「では俺が、君の楯となろう」
アレックスは腰に下げた鞘から剣を引き抜くと、あたしの前に立ち塞がってきた。
「そんな! アレックスさん~無茶です~。怪我しているんですよ~」
エドが悲鳴にも似た声を上げる。
アレックスは左腕を骨折し、まともに使える状態ではない。
しかし今は先程のように、痛がっている様子はなかった。恐らく怪我をしてから大分時間が経過しているため、感覚自体が麻痺しているのだ。
「俺ならば心配はいらない。
ルティナ、君は君の成すべきことをするのだ。そのための楯ならば、俺は喜んでなろう」
「でもアレックスさん~それは自殺行為というものですよ~」
「はっはっはっ、下手な冗談だぞ、エド。俺は無論、最初から死ぬ気などない。
例え腕一本使えずとも、君たちの期待に応え、立派に努めを果たしてみせるつもりなのだ!」
アレックスはエドの忠告を軽く一蹴すると、片手で長剣を掲げ、闘志を辺りに撒き散らしながら胸を張っていた。
しかし。
(コイツ、分かって言っているのか?)
あたしは半眼で彼を見詰める。
現実問題として、エドの言っていることが正論だ。
この状態で戦ったとしても、恐らく足止めにさえならない。敵の能力を考えるならば、間違いなく瞬殺だろう。
本当にコイツは『顔だけ熱血無鉄砲バカ』だ。