第41話 魔物の霧1
「ルティナよ。俺たちはいつまでコソ泥のようにコソコソと、隠れていなければならぬのだ?」
「あと少しの辛抱だ。目的地は直ぐそこだからな」
あたしは辺りを警戒しながら、アレックスの質問に答えた。
今のあたしは彼と行動を共にしている。他の二人のことは、既に見失っていた。
最初はこの三人の中で、誰か一人でも目的地へ辿り着くことが出来れば良いと考えていた。
しかしそれはあたしの思い違いで、結界を破壊できるのは彼だけだと言う。だから門が開く直前で、咄嗟にアレックスの腕を掴み、手を離さなかった。
何故なら三人の中で一番信用できないのが、この男だったからだ。それは今までの彼らの会話を聞いていれば分かる。
そしてあたしの勘は、やはり正しかったらしい。
外へ出たと同時に彼は率先して、侵入しようとしている魔物と戦い始めていた。
それだけであれば、まだ良かったのだが。
放たれる魔物の術を、何もせずに跳ね返していた。
無論、術文も精霊石も使用せずに、だ。
長年魔物ハンターをやっているあたしだが、このような人間に出会ったのは初めてだった。
もしあたしが彼の能力を知らなかったなら――そしてこの左眼がなかったならば、真っ先に「魔物」だと疑っていたはずだ。事実、周囲で戦っていた術士たちがそれを目撃した途端、一斉にこちらへも攻撃を仕掛けてきた。
「しかしこれくらいの怪我、俺には根性でどうとでもなるのだがな」
「脂汗を流しながら何を言っている。痩せ我慢も程々にしないと、後で痛い目みるぞ」
左腕上腕部を押さえながら、汗を額に滲ませている彼を横目で睨み付けた。
術士たちが攻撃を放った際、その中の光の矢がアレックスの肩を掠ったのだ。
そこは防具に覆われていない『継ぎ目』と言われる部分で、術は丁度そこを通っていったらしい。
破れた服の下には青痣が覗いており、大きく腫れ上がっていた。上から軽く押しただけで彼の顔は歪み、その感触で骨が折られていることに気が付いたのだ。
しかしあの時、術は確かに腕を掠っていた。直撃はしていない。それはあたし自身が証人だ。
だが何故か皮膚は裂けずに、中の骨だけが綺麗に折られている。
彼の話では「人間の術に掛かりやすい体質になっている」らしい。
世の中にはそういう人間も確かにいるが、掠っただけでそこまでの効果があるのだろうか。とはいえ「結界を破壊できる能力」も聞いたことがなかったから、強ち嘘ではないのかもしれないが。
「う……むむむぅ……これしきのことで悔しいが、俺もまだまだ修行に精進せねばなるまいな」
その辺に落ちていた棒きれで固定している腕を押さえ込みながら、アレックスは悔しそうに顔を歪ませていた。
しかしそれもつかの間。腰に携えている剣を直ぐに引き抜くと、右腕を高々と掲げて宣言する。
「だが! 俺は諦めないぞ。
例え腕一本へし折られていたとしても、奴らを倒してみせる!
それが精霊に課せられた、英雄としての俺の使命だっ!!」
「待て待て待て。その前に、誰かが来るようだ」
あたしは今にも、勢いで飛び出そうとしている彼の襟首を捕まえると、そのまま奥へ引き摺り戻した。そして後ろから口を塞ぎながら、身体を羽交い締めにする。
ここで誰かに見つかるのは面倒だった。先程のような事態は、成るべくなら避けたい。
今回あたしが討伐隊に参加した目的は『モンスター・ミスト』の中に入るため、そしてヤツを倒すためだ。余計な戦闘で、体力や時間を取られたくはないのだ。
程なくして、金属の触れ合う音と、人の話し声のようなものが聞こえてきた。
「この付近で、人間に変化した奴も潜んでいるらしいぞ」
「ああ。本人は人間のつもりらしいが、どうやら人間離れした容姿の奴らしい」
(人間離れ……)
あたしは腕の中で抜け出そうと必死に藻掻いている、アレックスの後頭部を見上げた。
確かにこの顔立ちならば、人間離れしているとは言えなくもないが―――。
その声主たちは、互いに短い会話を交わし終えると、それぞれ相手にしている魔物と戦いながら左右へ散っていった。
(もう既に、変な噂が広まっているようだな)
このような場所であっても、術士同士で互いの状況を交換し合い、戦闘を進めていくことも珍しくはない。無論、余裕のある状態でなければ出来ないことではあるが。
「いきなり押さえ込んでくるとは、非道いではないかっ!」
あたしの腕からようやく抜け出せたアレックスは、早速抗議をしてきた。