第40話 出陣前
(それにしても)
あたしは隣にいるエリスを横目で一瞥した。彼女は先程から術士たちの集まっている人混みを、物珍しそうに眺めていた。
(あんなに討伐隊への参加を嫌がっていたわりには、時間になったらきっちりと起こしていたな)
昼間魔物の結界が破壊された時、あたしはこの三人の誰かがやったのだと確信した。
あの中にいたのは、あたしと戦っていた魔物二匹以外には、彼女たちしかいない。結界を破壊する瞬間は見ていなかったが、それに間違いはないだろう。
だからあたしは無理矢理、三人を討伐隊に参加させることにした。我ながら多少強引な方法だったとは思うが、今のあたしには手段を選んでいる余裕がなかった。
討伐は朝昼晩、三交替での編制となる。今回現れたモンスター・ミストが、それほど大きなものだということだ。
あたしたちの出発は夕方だった。本当ならば、魔物の行動力が比較的鈍る「朝」の出陣が良かったが、こちらには選択権がないため仕方がない。
それまでの間に少し時間があったため、あたしたちは宿屋で仮眠を取っていた。
宿はこの前ギルドに紹介してもらった、喫茶店のマスターが兼営している所だ。他の宿屋は満室だったが、そこは店の看板を目立つ場所へは掲げていないためか、運良く空き室があった。
「ねえ、ルティナ」
あたしが腕を組んでじっと考え事をしていると、エリスが不意に話し掛けてきた。
「さっき何だか酷くうなされていたようだったけど、もう平気なの?」
「さっき? ……ああ、それなら大丈夫だ。心配はいらない」
「そう。なら良かった」
エリスは心配そうな表情から一転すると、いつもの少女らしい柔らかな笑顔に戻っていった。
彼女は世話好きなのか、ただお人好しなだけなのか。どちらなのだろう。
いや、余計な詮索は止めておこう。
あたしはこれから彼女たちを利用し、ヤツの元へと乗り込まなければならない。
ヤツにはいろいろと訊きたいことがあったし、最終的には戦うことになるはずだ。
上位クラスとは真正面から殺り合ったことはなかったが、勝てる見込みは皆無に等しかった。しかしいつかは対峙しなければならない相手でもある。
だからなのだろう。
先程あんな夢を見てしまったのは。
「―――だからね、いくら私が防御術を使えたとしても、あの中で戦うことは初心者の私では難しいのよ」
エリスがアレックスに対して、何やら言い聞かせているような声が聞こえてきた。途中の会話を聞いてはいなかったが、何か揉めているのか。
あたしはここで口を挟んだ。
「あんたたちは、戦闘に参加しなくていい」
その言葉を聞いたエリスは、大きな翠瞳を更に見開き、こちらを凝視してきた。その表情から「何で??」という問い掛けが聞こえてきそうだ。
やはり彼女は自分たちが討伐隊に参加する、当初の目的を忘れているらしい。これはどうやら、それを思い出させる必要がありそうだ。
しかし脇からエドが、陽気な音楽を鳴らしながら言ってくる。
「僕とエリスさんは~結界術を~破ることができませんよ~」
その言葉の意味を理解するのに、数秒の刻を要した。
「おい、結界は三人とも破壊できるんじゃなかったのか?」
あたしの問い掛けに、エリスも即座に否定する。
サラはあの時に言っていた。
『結界を破壊できるのは、その三人』だと。
だがよく考えてみれば、奴は魔物だ。あたしに対して真実を言うとは限らない。或いはその情報自体が、何らかの罠だという可能性もあった。
何故そのことに今まで気づきもしなかったのか。魔物ハンターである、このあたしが。
本来なら魔物の言葉など、耳を貸さないが普通だ。その時のあたしは、ヤツを倒すことだけで頭が一杯になり、正常な判断力が鈍っていたのかもしれない。
だが今更そんなことを考えていても仕方がなかった。
もう後戻りはできない。それにあたしには、どうしても成し遂げなければならないことがある。
例えそれが罠だとしても、前へ進むしかないのだ。