表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゼロクエスト 〜第2部 異なる者  作者: 鈴代まお
第3章 魔物討伐(エリス編)
39/71

第38話 辿り着いた場所

 精霊術士が身の危険を感じた時、咄嗟に出てくるのは普段使い慣れている術文である。

 だからこの瞬間で私が唱えるであろうものは、本来ならば先程まで使いまくっていた、風属性防御術シールドであるはずなのだが。


烈風天駆ヴァン・ヴォレ・ヴィン!」


 瞬時に口をついて出てきた言葉は、意外にも予想に反したものだった。


 これはただ強風が吹き荒れるだけで、殺傷能力も皆無に等しい術文である。つまり戦闘時においては、あまり役に立たないのだ。

 しかも攻撃術でもあるため、今の私では普段の能力が出せない。それなのに何故出てきたのか、言った瞬間に自分でも戸惑っていた。


 自分の過ちに気付いた私は、思わず目を瞑る。

 だが。

 聞き慣れた轟音が耳許で唸っていた。


「エリスさん~今のうちに、こちらですぅ~!」

 それとともに聞こえてくる高音ボイス。


 弾かれるように開けたその目で見たものは、落ち葉のように上空へ舞い上げられている魔物の姿だった。

 私はその光景で再び、呆気に取られそうになっていた。が、今が逃げるチャンスだということにようやく気付くと、エドから放たれる光に向かって夢中で走り出していた。


 いつもの術力だった。

 咄嗟のことだったので加減が出来ず、出力時には強い負荷がかかっていたはずだ。

 その手応えを確かに感じていた。

 つまり私の術力が、いつの間にか戻っていたのである。


 『一時的に、術が使えなくなっているだけだと思う』


 彼女の言葉を思い出す。

 本当に一時的なものだったのだろうか。それとも偶々、使えるようになっただけなのか。

 何れにせよルティナには、後で詳しく訊いてみなければならなかった。しかし今は逃げることに専念しなければならない。


 息が上がってくる。意識も朦朧として、前もよく見えなくなってきた。

 いつ背後から攻撃をされるのか分からない。敵がどのくらいの距離まで縮めてきているのか、それを確認する余裕さえもなかった。

 心臓から伝えられる鼓動が、有り得ないくらいの速さで動いているのが分かる。それでも今の私は余計なことを考えず、限界まで足を動かすしかないのだ。


 だが自分の意に反し、地面へ向けて身体が傾いていた。

 どうやら何かにつまずき、足がもつれてしまったようだ。直ぐに体勢を立て直そうとしたが、疲れ切った身体ではどうにもならなかった。

 そのまま勢いよく倒れ込む私。顔面から滑り込んだために皮膚を擦り剥いてしまったが、そんなことに構っている時間はない。


 私は起き上がろうとした。が、焦る気持ちとは裏腹に、一度崩した身体は、言うことを聞いてはくれなかった。

 しかし。



「……は……あれ?」



 私は異変に気付き、顔を上げた。そして肩で息をしながら辺りを見回してみる。


 周囲の闇が一面、いつの間にか白濁色に変化していたのだ。

 おまけにエドの後ろ姿も見失っていた。後方にいた敵の姿も見えなくなっている。更に先程までそら一杯に広がっていた星々までもが、この白濁色に遮られているかのように確認できなかった。

 だが唯一、周囲に樹木が生えていることだけは分かる。


 この突然の異常事態で、私はいつの間にか冷静さを取り戻していた。

 私は息を整え、やがてゆっくりと起き上がる。そして付近に生えている樹木の感触を確認しながら、改めて恐る恐る辺りを見回してみた。

「一体、どうなっちゃったの?」


 エドは何処へ行ってしまったのか。

 敵も何処へ消えたのか。


 耳を澄ませてみるが、生き物の気配がまるで感じられなかった。

 この世にたった一人、自分だけが取り残されてしまったかのような感覚だ。


 どうしてこんなことになってしまったのか。先程まで夢中で走っていた私には、状況がさっぱり分からない。


「ええと、確かエドと一緒に、走って逃げていたのよね」

 私はわざと大きな声で確認してみた。声を出していないと、とてつもない不安感が襲ってくるような気がしたからだ。


「で、それからどうなったんだっけ?」

 私は首を捻ってみた。


 知らない間にエドと敵が消え、周囲が闇から白に変化している。

 その原因を頭の中で探ってみたが、一向に解決できなかった。しばらくその場で考え込んでいた私だが。


「……仕方ない。エドを探すか」


 考えても分からないのなら、先へ進むしかない。

 そう判断した私は、樹木を辿りながら進むことにした。


 恐らく先に行けば、エドと合流できるはずだ。

 根拠のない一筋の希望を胸に抱きながら、私はそれを支えにゆっくりと歩き出していたのだが――。


 不意に視界が広がる。


 そこは辺り一面、赤や青、黄色に紫ピンクなど、色とりどりの名も知らない花が無数に咲き誇っていた。気が付けば、周囲を取り巻いていた白濁色のものが消えている。


「花? この時期に??」

 私は眉を顰めていた。鮮やかな花々が今の寒い時期に、咲くはずがない。

 しかも―――――。


「何で昼間?」


 上空には雲一つない青空が広がっている。辺りも明るい。

 今は「夜」のはずなのに、だ。


 周囲にはこの色彩空間を取り囲むように、青々とした樹木も立ち並んでいた。この光景を見れば、少しくらいは暖かくても良さそうだが、妙に肌寒かった。


 私は戸惑っていた。が、今の状況を把握しておかなければ、何も解決はしないのだ。

 そう自分を奮い立たせた私は、足首ほどの高さに咲く野花を踏みしめ、慎重に歩みを進めていた。


 だが何故だろうか。

 足を一歩前へ出す度に、全身が重くなっていく。視界も徐々に狭まってきているようだ。足取りさえも覚束無くなっている。


 気が付くと私は、咲き誇っている花々へ顔を埋めるようにして、地面に倒れ込んでいた。

 全身に力が入らない。それに起き上がろうという気持ちも、何故か全く湧いてはこなかった。

(あー、このまま寝ちゃおうかなぁ)


 いろいろと面倒くさい。大体こうやって、考えること自体が面倒だ。それにこの体勢も、何だか妙に心地良い感じだし。


 私は柔らかいクッションへ身を委ね、そのまま眠りに入ろうと目を閉じたのだが。

「やはり人間か」


 頭上で声が聞こえてきた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ