第37話 敵襲、再び!
「で、ちゃんと目的地には向かっているんでしょうね」
私はここで、エドに向かって訊ねていた。
辺りを窺いながら慎重に歩いていた私だったが、途中で心配になったのだ。
星明かりと光球で足元が見える程度には明るかったが、道の向こうまでは照らし出すことができない。この先は闇が広がっていて何も見えないし、道標さえもない。
この状況で果たして無事に、目的地へ辿り着けるという保障はあるのか。
「では~この辺りで~確かめてみることにします~」
彼はそう言いながら自分の懐付近を、何やらゴソゴソとまさぐり始めた。しかし突然その手を止めると、私を覗き込むようにして顔を上げる。
「そういえばエリスさんは~方位を感知できるような術って~使えるのですか~?」
「……え」
突然何を言い出すのだろうか、この男は。
私がしばらく何も答えないでいると、再度訊ねてきた。
「どうされました~? 使えるのでしょうか~?」
「う……いや、えぇっと……」
私は口籠もっていた。
それは方角を指し示すだけという、ごく単純な初歩の術である。それを使えないと言うのは、かなり恥ずかしいことなのだ。
「アレはその……私には合わない術っていうか……だから……ええと――」
「やっぱり~方向音痴のエリスさんでは~使えないんじゃないかと~思っていましたよ~」
私の渾身の言い訳を最後まで聞かず、何故か納得したかのように頷きながら、エドはいつもの笑顔をこちらに向けてきた。
……ああ、このニマニマ顔を踏みつけたい。
「ですが、ご安心を~。僕は良い物を~持っているのです~」
続けて胸を張って取り出したのは、一枚の薄いカードだった。
「あれ、これって…」
「そうです~。精術札なのです~」
『精術札(スピリットカード)』。
この術札には――例えば「火をおこす」「風をおこす」などといった、ごく単純な精霊術が封じられていた。しかも一般的な雑貨屋の店先へ並んでおり、属性の精霊石さえあれば術士でなくても、手軽に使用できる魔術道具の一種である。
但し攻撃術などのような、強力な技は使えない。それに一回限りの使い捨てなので、無駄遣いができないというのも難点だった。
「これは~方位探査用の術札です~。僕が巡礼に旅立つ時に~両親が餞別として何枚か~持たせてくれました~。
エリスさんたち精霊術士も~パーティに居ますし~その間は使うことがないと思ってましたが~、まさかここで役に立つとは~思いませんでしたよ~」
最後の言葉は方位探査術を使うことの出来ない、私に対する嫌味なのだろうか。普段通りの歌声からでは、真意がさっぱり読めない。
「というわけでエリスさん~、土属性精霊石を~貸していただきたいのですが~」
「へ? 他の石、持ってないの??」
「旅の必需品として~一通り持ち歩いてはいますが~エリスさんたちと一緒に行動しているので~他の荷物と一緒に~迂闊にも~宿屋へ置いてきてしまいました~」
エドは相変わらず、へらへらと明るく笑いながら言ってきた。
確かに精霊術士が傍に居るのなら、術札を使う機会は殆どないかもしれない。しかし私とはぐれてしまった時には、一体どうするつもりだったのか。これはかなり迂闊すぎる。
「あんた……仮にも私たちは、討伐隊へ参加しているのよ。いざという時の必需品が使えなくて、どうするのよ」
私は呆れつつも、腕輪から石を取り外してエドに手渡した。
彼は描かれている紋様を表面にして地面へ置くと、重石のように石を乗せる。
更にその上に指先を触れさせた。すると一瞬だけ周囲の気が、僅かに動いた。
直ぐにエドが精霊名を唱えると、彼を中心にして地面から光の円が現れ出でる。
外縁の一端が四方へ伸び、その末端部分に古代文字も浮き出てきた。この文字は学校や修行での必修科目だから、ある程度のものならば私でも読めるものだ。
「この方角からすると~ルティナさんの仰っていた方向は~こちらになりますね~」
エドは私に石を手渡しながら、右方向へ人差し指を突き出した。
「それじゃ、新たな魔物が現れる前に、早く目的地へ急ぎましょう」
「エリスさん~そちらは違いますよ~。こちらです~」
「あ、そうなんだ」
何故かは分からなかったが、左方向へ身体が勝手に動いてしまった。私だって、たまには間違うこともあるのだ。
「この辺りには~あまり魔物がいないようですね~」
「多分、他の術士たちが外側で、押さえているからかもしれないわね。村周辺では特に、かなりの乱戦だったものね」
「アレックスさんのほうは~大丈夫でしょうか~」
「そうね。私たちでさえあの中を抜けてくるのは、大変だったもの」
「ルティナさんと~ご一緒だと良いのですが~」
「それはどうかしら。あの混雑で既に、はぐれているかもしれないわよ」
「そうですね~。僕もエリスさんと手を繋いでいなかったら~はぐれていたはずですから~」
確かにそうである。
エドと手を繋いでいなかったなら、今頃は一人で途方に暮れていたことだろう。たまにはアレックスのアイディアも役に立つようだ。
「ですが~アレックスさんが~ちゃんと目的地へ辿り着いていれば~何とかなると思うんですけど~」
「だからそれが、一番の問題なのよ。当初の目的を途中で忘れて、あの中で戦っているかもしれないでしょ」
「あのアレックスさんですから~もしかしたら大丈夫かもしれないです~。何と言っても~英雄の末裔ですし~『精霊の加護』も守ってくれているはずですから~」
アレックス崇拝者であるエドは、力強くそう断言した。根拠はないに等しかったが、その言葉は今の私には心強かった。
「そうよね。あの殺しても死にそうにないアレックスだもの、きっと大丈夫よね。それに無事でいてくれないと困るわ。でないと、ディーンに合わせる顔がないもの」
ディーンは私たちを信頼して、一人で討伐隊に参加したのだ。それなのに私たちも参加した上に、彼にもしものことがあれば、ディーンに顔向けができない。
今私たちは祈るような気持ちでアレックスのことを信じ、ルティナの指示した場所へ向かうしかなかった。
あの乱戦の中で捜すよりは、目的地へ直接向かったほうが、合流できる確率も高いと判断したのだ。但し先程も述べたように、彼が目的地へ向かうのをすっかり忘れ、途中で寄り道をしてさえいなければ、の話だが。
「そういえば~ディーンさんとは一度も~会うことがありませんでしたね~。ディーンさんのほうは~大丈夫なのでしょうか~」
「ディーンのほうなら、恐らく大丈夫でしょ。私たちの部隊とは別部隊なのかもしれないし。
それに彼は私たちとは違って、旅をしていた頃に、何度も討伐隊へ参加していた経験があるって言っていたもの。きっと心配いらないわよ」
彼は巡礼初心者の私たちとは違う。或いは私たちがいないほうが、思い切り戦えるのかもしれない。
「それもそうですねぇ~。僕たちが~心配するようなことでは~な……」
と、エドは言いかけたのだが、突然私を突き飛ばしてきた。
またもや、である。
「ちょっ……今度は何―――!?」
落ち葉の上で四肢をついた私は、再び抗議の声を上げながら肩越しに振り返る。すると、私が先程まで立っていた地面の落ち葉が、下から勢いよく吹き上げられるのが目に入った。
それらは天高く舞い上がると、間もなく引力で下へと落ちてくる。このままでは落ち葉まみれになることにようやく気付いた私は、慌ててその場から離れた。
「くくく……よもや二度までも回避されるとはな」
不気味な笑い声とともに現れたのは、昼間私たちを襲ってきた魔物だ。但し今はその形態ではなく、最初に遭ったときのように人間の姿に変化している。
「あんたは確か……ボンバー!!!」
その姿と声が現れた途端、私は思わず指を突きつけていた。
しかし。
「ボンバー……とは何だ」
「あ、あれ、違った? ……じゃあ、レバー!」
「……だから何だ、ソレは」
「と、これも違うか。ええい、それなら、ビバ!!!」
「………………」
魔物は険しい顔付きで、私を睨んできた。そこから、無言の威圧感が感じ取れる。
その様子から私は確信していた。
適当なアタリで名前を言ってみたところ、全てがハズレだったという事実を!
(そういえば、もう一匹はどうしたのかしら)
昼間は二匹いたはずだが、私の見た限り、ここにいるのは一匹だけだ。
だが油断はできなかった。
ただ姿を見せていないだけで、こちらの様子を何処からか窺っているのかもしれない。もしかしたらこの魔物と同様に、地面の下へ潜んでいる可能性もある。
私が緊張感を崩さずに魔物の行動を見守っていると、短剣数本を懐から取り出すのが見えた。
そして。
問答無用でこちらへ突進してくる。




