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ゼロクエスト 〜第2部 異なる者  作者: 鈴代まお
第3章 魔物討伐(エリス編)
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第37話 敵襲、再び!

「で、ちゃんと目的地には向かっているんでしょうね」

 私はここで、エドに向かって訊ねていた。


 辺りを窺いながら慎重に歩いていた私だったが、途中で心配になったのだ。

 星明かりと光球で足元が見える程度には明るかったが、道の向こうまでは照らし出すことができない。この先は闇が広がっていて何も見えないし、道標さえもない。

 この状況で果たして無事に、目的地へ辿り着けるという保障はあるのか。


「では~この辺りで~確かめてみることにします~」

 彼はそう言いながら自分の懐付近を、何やらゴソゴソとまさぐり始めた。しかし突然その手を止めると、私を覗き込むようにして顔を上げる。


「そういえばエリスさんは~方位を感知できるような術って~使えるのですか~?」


「……え」


 突然何を言い出すのだろうか、この男は。

 私がしばらく何も答えないでいると、再度訊ねてきた。


「どうされました~? 使えるのでしょうか~?」

「う……いや、えぇっと……」


 私は口籠もっていた。

 それは方角を指し示すだけという、ごく単純な初歩の術である。それを使えないと言うのは、かなり恥ずかしいことなのだ。


「アレはその……私には合わない術っていうか……だから……ええと――」

「やっぱり~方向音痴のエリスさんでは~使えないんじゃないかと~思っていましたよ~」

 私の渾身の言い訳を最後まで聞かず、何故か納得したかのように頷きながら、エドはいつもの笑顔をこちらに向けてきた。


 ……ああ、このニマニマ顔を踏みつけたい。


「ですが、ご安心を~。僕は良い物を~持っているのです~」

 続けて胸を張って取り出したのは、一枚の薄いカードだった。

「あれ、これって…」

「そうです~。精術札スピリットカードなのです~」



 『精術札(スピリットカード)』。



 この術札には――例えば「火をおこす」「風をおこす」などといった、ごく単純な精霊術が封じられていた。しかも一般的な雑貨屋の店先へ並んでおり、属性の精霊石さえあれば術士でなくても、手軽に使用できる魔術道具の一種である。

 但し攻撃術などのような、強力な技は使えない。それに一回限りの使い捨てなので、無駄遣いができないというのも難点だった。


「これは~方位探査用の術札です~。僕が巡礼に旅立つ時に~両親が餞別として何枚か~持たせてくれました~。

エリスさんたち精霊術士も~パーティに居ますし~その間は使うことがないと思ってましたが~、まさかここで役に立つとは~思いませんでしたよ~」

 最後の言葉は方位探査術を使うことの出来ない、私に対する嫌味なのだろうか。普段通りの歌声からでは、真意がさっぱり読めない。


「というわけでエリスさん~、土属性精霊石ノームストーンを~貸していただきたいのですが~」

「へ? 他の石、持ってないの??」

「旅の必需品として~一通り持ち歩いてはいますが~エリスさんたちと一緒に行動しているので~他の荷物と一緒に~迂闊うかつにも~宿屋へ置いてきてしまいました~」


 エドは相変わらず、へらへらと明るく笑いながら言ってきた。

 確かに精霊術士が傍に居るのなら、術札を使う機会は殆どないかもしれない。しかし私とはぐれてしまった時には、一体どうするつもりだったのか。これはかなり迂闊すぎる。

「あんた……仮にも私たちは、討伐隊へ参加しているのよ。いざという時の必需品が使えなくて、どうするのよ」


 私は呆れつつも、腕輪ブレスレットから石を取り外してエドに手渡した。

 彼は描かれている紋様を表面にして地面へ置くと、重石のように石を乗せる。

 更にその上に指先を触れさせた。すると一瞬だけ周囲の気が、僅かに動いた。


 直ぐにエドが精霊名を唱えると、彼を中心にして地面から光の円が現れ出でる。

 外縁の一端が四方へ伸び、その末端部分に古代文字ルーンも浮き出てきた。この文字は学校や修行での必修科目だから、ある程度のものならば私でも読めるものだ。


「この方角からすると~ルティナさんの仰っていた方向は~こちらになりますね~」

 エドは私に石を手渡しながら、右方向へ人差し指を突き出した。

「それじゃ、新たな魔物が現れる前に、早く目的地へ急ぎましょう」

「エリスさん~そちらは違いますよ~。こちらです~」

「あ、そうなんだ」

 何故かは分からなかったが、左方向へ身体が勝手に動いてしまった。私だって、たまには間違うこともあるのだ。


「この辺りには~あまり魔物がいないようですね~」

「多分、他の術士たちが外側で、押さえているからかもしれないわね。村周辺では特に、かなりの乱戦だったものね」


「アレックスさんのほうは~大丈夫でしょうか~」

「そうね。私たちでさえあの中を抜けてくるのは、大変だったもの」


「ルティナさんと~ご一緒だと良いのですが~」

「それはどうかしら。あの混雑で既に、はぐれているかもしれないわよ」

「そうですね~。僕もエリスさんと手を繋いでいなかったら~はぐれていたはずですから~」


 確かにそうである。

 エドと手を繋いでいなかったなら、今頃は一人で途方に暮れていたことだろう。たまにはアレックスのアイディアも役に立つようだ。


「ですが~アレックスさんが~ちゃんと目的地へ辿り着いていれば~何とかなると思うんですけど~」

「だからそれが、一番の問題なのよ。当初の目的を途中で忘れて、あの中で戦っているかもしれないでしょ」


「あのアレックスさんですから~もしかしたら大丈夫かもしれないです~。何と言っても~英雄の末裔ですし~『精霊の加護』も守ってくれているはずですから~」

 アレックス崇拝者であるエドは、力強くそう断言した。根拠はないに等しかったが、その言葉は今の私には心強かった。


「そうよね。あの殺しても死にそうにないアレックスだもの、きっと大丈夫よね。それに無事でいてくれないと困るわ。でないと、ディーンに合わせる顔がないもの」

 ディーンは私たちを信頼して、一人で討伐隊に参加したのだ。それなのに私たちも参加した上に、彼にもしものことがあれば、ディーンに顔向けができない。


 今私たちは祈るような気持ちでアレックスのことを信じ、ルティナの指示した場所へ向かうしかなかった。

 あの乱戦の中で捜すよりは、目的地へ直接向かったほうが、合流できる確率も高いと判断したのだ。但し先程も述べたように、彼が目的地へ向かうのをすっかり忘れ、途中で寄り道をしてさえいなければ、の話だが。


「そういえば~ディーンさんとは一度も~会うことがありませんでしたね~。ディーンさんのほうは~大丈夫なのでしょうか~」

「ディーンのほうなら、恐らく大丈夫でしょ。私たちの部隊とは別部隊なのかもしれないし。

それに彼は私たちとは違って、旅をしていた頃に、何度も討伐隊へ参加していた経験があるって言っていたもの。きっと心配いらないわよ」

 彼は巡礼初心者の私たちとは違う。或いは私たちがいないほうが、思い切り戦えるのかもしれない。


「それもそうですねぇ~。僕たちが~心配するようなことでは~な……」

 と、エドは言いかけたのだが、突然私を突き飛ばしてきた。

 またもや、である。


「ちょっ……今度は何―――!?」


 落ち葉の上で四肢をついた私は、再び抗議の声を上げながら肩越しに振り返る。すると、私が先程まで立っていた地面の落ち葉が、下から勢いよく吹き上げられるのが目に入った。

 それらは天高く舞い上がると、間もなく引力で下へと落ちてくる。このままでは落ち葉まみれになることにようやく気付いた私は、慌ててその場から離れた。


「くくく……よもや二度までも回避されるとはな」

 不気味な笑い声とともに現れたのは、昼間私たちを襲ってきた魔物だ。但し今はその形態ではなく、最初に遭ったときのように人間の姿に変化している。


「あんたは確か……ボンバー!!!」

 その姿と声が現れた途端、私は思わず指を突きつけていた。

 しかし。


「ボンバー……とは何だ」

「あ、あれ、違った? ……じゃあ、レバー!」

「……だから何だ、ソレは」

「と、これも違うか。ええい、それなら、ビバ!!!」

「………………」


 魔物は険しい顔付きで、私を睨んできた。そこから、無言の威圧感が感じ取れる。

 その様子から私は確信していた。


 適当なアタリで名前を言ってみたところ、全てがハズレだったという事実を!




(そういえば、もう一匹はどうしたのかしら)

 昼間は二匹いたはずだが、私の見た限り、ここにいるのは一匹だけだ。


 だが油断はできなかった。

 ただ姿を見せていないだけで、こちらの様子を何処からか窺っているのかもしれない。もしかしたらこの魔物と同様に、地面の下へ潜んでいる可能性もある。


 私が緊張感を崩さずに魔物の行動を見守っていると、短剣数本を懐から取り出すのが見えた。

 そして。


 問答無用でこちらへ突進してくる。

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