第36話 空からの攻撃
「は? どういうこと??」
「先程真上で~殺気のようなものを感じたのですぅ~。ですが~エリスさんは気付いていないようでしたので~咄嗟の判断で突き飛ばしました~。
僕の行動が~あと少しでも遅れていたのなら~攻撃を受けていたところでしたよ~」
私は空を見上げてみた。
そこには満天の星空が見渡す限り広がっていたが、その奥では何やら蠢く影が。
飛行型の魔物が何体か、上空を旋回しているのだ。
魔物は当然地上だけでなく、空からもやってくる。
しかし鳥類に属する飛行型の大半は夜目が利かないため、魔物としては珍しく、夜間は殆ど行動をしない。それに例え昼間であったとしても、地上へは滅多に下りることがなかった。
だがここには現在、モンスター・ミストがある。通常であれば下りてこないにしても、それを嗅ぎつける鼻はあるはずだ。
村周辺では上空を見張っている術士や騎士たちがいるので、比較的安全ではあった。しかし集団で襲ってきた場合には、流石に一般人も避難せざるを得ないだろう。
それなのに、未だ避難勧告が出されてはいなかった。ということは、そのような気配がまだないということでもある。
「攻撃されそうな感じがしないんだけど」
魔物は遥か上空で旋回しているだけだ。今のところ下りてくる様子がない。
「僕が殺気に気付いて空を見上げた時~先程の魔物がエリスさんに向かって~物凄いスピードで落下してくるのが~見えたのです~。
その時に林の向こうから~槍が飛んで来て~一瞬で仕留めたのですよ~。
しかし攻撃が~どうやら浅かったようです~。
致命傷を負わせずに~魔物のほうはそのまま逃げていったらしく~……」
私はエドの話を前半、半分くらいしか聞いてはいなかった。しかし大体の状況は理解できている。
つまり飛行型の魔物がこちらに向かって、一直線に降下してきたというのだ。
辺りの木はもうすっかり葉も落ち、上空を遮るものなど何もなくなっていた。飛行型がこちらに気付いても、おかしくはない状況である。
それをたまたま近くにいた術士が見つけ、武器を投げつけてきたのだ。
その種類からして、恐らく「スピアラー(槍術士)」だとは思う。が、私を助けたというよりは寧ろ、降りてくる魔物に偶然気付いたために、攻撃を仕掛けてきただけのような気もする。でなければ通り道にいた私をわざわざ、踏み付けて行ったりはしないだろう。
「それよりエド、よく殺気のことに気が付いたわね。私には何も感じられなかったわよ」
私は彼の説明を途中で強引に遮ると、話題を変えて訊ねた。
「それは僕たち芸術士と~エリスさんたち一般的な術士とは~鍛え方が違うからですよ~。
何故ならエリスさんたちが~相手に直接作用できる能力に~重点を置いて鍛練を積むのに対して~僕たち芸術士は~場の気配などを読む能力――~即ち『感性』を重点的に~鍛えているのです~」
(……そういえば)
私が本格的に修行を始める前に、父から注意を受けたことがあった。
一般的な術士は視覚的能力を主に養っていくが、芸術士は目に見えない力――感覚的な能力に重点を置いて修行をする。そのため、希望する術士の選択は慎重に……などというようなことを言われたのだ。
他の術士は修行初期段階であれば、種類を途中変更することも可能だ。しかし芸術士の場合は根本的に修行方法が違うので、私たちが途中で芸術士に変更――或いはその逆も然り――することは、例え修行初期であっても容易にはできないらしい。
私の希望は最初から精霊術士だった。だから選択時において迷うことが一切なかったので、この話を今まですっかり忘れていた。
「ですからエリスさんが~例え感知できなかったとしても~仕方ないのです~」
と唄いながらエドは、素早く横に移動した。
私も同時に彼の前に移動しながら、術文を唱える。
彼の背後から黒い影が、躍り出てくるのが見えたのだ。それと一緒に放たれている殺気も。
このくらいなら、私にも直ぐに感知できる。
「ここに長時間~留まっていたら危険ですぅ~」
「ええ、そのようね。早く目的地へ急ぎましょう」
魔物を弾き飛ばした私たちは、奴が追いかけてくる前に急いでその場を離れた。