第34話 開門直前2
しばらく彼女を凝視していた私は、静かに口を開いた。
「ルティナ……それって、胸を張って言うことじゃないわよ」
瞬間、彼女はバツの悪そうな表情をする。そして直ぐに、半眼気味の私から視線を逸らした。
「あたしは以前、あんたと同じような症状の奴に会ったことがあるんだ。
あたしの勘が正しければ、あんたは奴と同じ理由で一時的に、術が使えなくなっているだけだと思う」
「それ、どういう意味?」
「あたしが口で説明しても、ソレに気付いていないあんたには理解できないだろう。そういったものは、自分で気付いて直すよりほかないからさ」
ルティナの言っている意味こそ全く理解できなかったが、攻撃術が使えなくなった原因を知っているような口振りで話しているのは、間違いない。
私は勿論のこと、アレックスやエドの二人でさえ、腕に付けられた紋様を彼女には見せていないはずだ。つまり、そのことを知っているわけがないのである。
「それよりあんたたち、例の場所へ着いたら宜しく頼むぞ」
ルティナは私たちを見回すと、念押しするように言ってきた。
「そのことですが~ルティナさん~」
エドがのんびりとした口調で、楽器を鳴らしている。
「僕とエリスさんは~結界術を~破ることができませんよ~」
その言葉を聞いた瞬間、ルティナの表情が凍り付いたかのように見えた。
そしてしばしの沈黙。
が、やがて。
「……何?」
「昼間の結界を破ったのは~アレックスさんだけなのです~」
「うむ、当然のことをしたまでだ。何せ俺こそが精霊に選ばれし、無二の者であるからな」
自慢げに胸を張るアレックス。逆にルティナのほうは、顔色が徐々に曇っていくようにも見える。
「おい、結界は三人とも破壊できるんじゃなかったのか?」
彼女は真顔で訊ねてくる。それに対して私は困惑し、眉を顰めた。
「は? 一体ドコ情報よ、ソレ。結界を破ったのはアレックス一人だけよ。
少なくとも私には、そんな能力はないわ。エドは試していないけど、恐らく同じだと思うわよ」
「つまりこの男だけが、モンスター・ミストを破れるということなのか?」
「まあ……あなたの話だと、そういうことになるわね」
「な……」
彼女は私の言葉で、どうやら絶句している様子である。
理由は見当も付かないが、やはり私たちに対して、妙な勘違いをしていたようだ。
とはいえ、何をそんなに驚いているのだろうか。私からすれば、モンスター・ミストを破壊できるという話のほうが、驚愕するべきことであると思うのだが。
「あたしの聞いている話と……いや、あれは元々あの魔物が……何故疑いもしなかったのか……やはり頭に血が……正常な判断が……」
ルティナは額を押さえながら、何やら一人でぶつぶつと呟いていた。
だが突然顔を上げると、決意を含んだような目で、私とエドのほうを見る。
「よし。それじゃあんたたちとは、ここでお別れだ。あたしはこの男だけを連れて行くことにした」
彼女はそう言って、アレックスの腕を強引に自分の方へと引き寄せる。
「なに、少しの間借りるだけだよ。あんたたちは街で大人しく待っていればいい」
私がそれに対して答える前に。
ピィィィーッ!!!
耳を劈くような笛の音が、辺りに鳴り響いた。途端、目の前で閉ざされていた門が、ゆっくりと開かれる。
同時に、周囲もそれに向かって動き出していく。
その流れに逆らい、外からこちらへと傾れ込んでくる者たちもいた。私たちのいる部隊と交代するために、役目を終えて戻ってきた術者たちである。
私はあっと言う間もなく、交差するそれらの人々によって、揉みくちゃにされていた。
ここから抜け出すには、もう既に手遅れだったのだ。