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ゼロクエスト 〜第2部 異なる者  作者: 鈴代まお
第3章 魔物討伐(エリス編)
32/71

第31話 つかの間の休息1

(うわ、マズっ)

 私はそれを口に入れた途端、思わず顔を顰めていた。


 その場所は温泉街の外れにある、あまり綺麗とは言い難い建物の一角にあった。

 人ひとりがやっと通れるくらいの、薄暗くて狭い階段。地上から下っていくと、一枚の扉が現れる。

 そこに掲げられていたのは古ぼけた小さな木製板で、表面には『喫茶フェアリー』と書かれていた。

 しかし内装は「フェアリー(妖精)」という名には、ほど遠かった。


 狭い店内にあるのは小さなカウンター一つに、五つテーブルが並んでいるだけのシンプルなもの。

 誰の作品だか分からない絵画が壁に掲げられていたり、花や観葉植物が生けられていたり、吟遊詩人による緩やかな調べが店内を流れていたり―――というようなことも全くない。

 ましてや、『妖精』から連想されるようなファンシー系調度品なども一切なく、何故そのような名を付けたのかと、疑問に思わずにはいられない店だった。


 その上、出てきた料理も不味い。


 運ばれてくる時間はそれ程遅くはなかったし、見た目も悪くはないのだが、一口食べただけで辟易するくらいの不味さである。

 メニューの種類もあまり豊富ではなかった。パスタも三種類しかなくて、他にはサラダとトーストがいくつかあるだけなのだ。飲物も香茶と黒豆茶、フルーツジュースくらいしかなかった。


 私たちはこれから討伐隊へ参加するということで、少しでも腹の足しになりそうなもの――パスタを注文していたのだが、まさかこれほどまでに不味いとは思わなかった。

 私が頼んだのは海鮮パスタなのだが、麺が水っぽい上に、歯ごたえの全くない食感なのである。

 当然の如く、私はそのままフォークを置いていた。


「なんだ、もう食べないのか」

 目の前で同じように食事をしているルティナは、そんな私に気付くと睨んできた。

 もしかすると怒っているのかもしれない。何故ならこの食事が、彼女のおごりだからだ。


「ごめんなさい……ちょっと食欲が湧かなくて。疲れているのかも」

 肩を窄めながらも、申し訳なさそうに言い訳をする私。


「僕もちょっと~食欲ないです~」

 隣で食べているエドも眉を顰めつつ、どさくさに紛れて便乗してきた。彼は普段であれば人一倍食欲旺盛なはずなのだが、流石にこの料理には手を付けられないようである。


「何!? エド、君が食べないとは珍しいな」

 その前では海鮮パスタにかぶり付いているアレックスが、吃驚した表情でエドを見詰めていた。因みに彼は、「今までに味わったことのない珍味だ」と言いながら食べている。


 彼女のほうは、こちらの苦し紛れの言い訳に気付いている様子もなく、私たちの皿を両手で掴むと、無言でその中身を自分の皿へと移し替えていた。

 彼女はこんな不味い物を、二人分も追加で食べようというのか。


 しかも私が注文したのは海鮮パスタであるが、エドはホワイトパスタ、ルティナはミートパスタである。

 異種類のものを一つの皿へ同時に放り込み、更には満遍なく掻き混ぜているのだ。それらは食欲の削がれる色へと、明らかに変化しつつあった。

 これは完全に怒っているのかもしれない。


「それなら、飲物はどうだい?」

「え?」

「少しくらいは腹に入れておかないと、これから先の体力が持たないぞ。旅を甘く見るな」

 彼女は私たちにそう忠告すると、再びソレらを黙々と食べ始めた。

(あれ。もしかして、怒っているわけじゃない……のかな)

 言葉はかなりぶっきら棒だったが、こちらを責めている様子ではないような気がする。


 私はしばらく迷っていたが、折角なので彼女の言葉に従うことにした。

 他の三人も頼むというので、私がマスターに声を掛ける。今までカウンターの中で新聞を読んでいた彼は、早速準備に取り掛かった。


 しかしこのマスターも、ルティナ以上に愛想がなかった。

 年齢は大体三十~四十歳代くらい。ドッシリとした大柄な体型に、口から顎にかけて毛むくじゃらな赤髭に覆われていた。

 これで大きな荷物を背負っていたならば、完全に山男である。或いはヒトであれば熊、魔物であればベアベアに間違われる山男、といった具合か。


 何れにしても、確実に客商売をしているようには見えない。

 おまけに出てくる料理も不味い。

 それらのせいだとは思うが、客は私たち以外には誰もいなかった。

 他に従業員もいないようだし、この状態で店が潰れたりはしないのだろうか。不思議に思った私は早速、ルティナに尋ねてみた。


「このお店って一体、何年前から営業しているの?」

「は? 何故それをあたしに訊く」

 ルティナは口へ運んでいた手を止めると、吃驚したような顔で私を見詰めた。


「だってルティナは、あのマスターと知り合いなんでしょ」

「おい、いきなり何故そう思うんだ。あたしはあのマスターの知り合いでも、この店の常連でもないぞ」

「え。じゃあルティナはこのお店のこと、何で知っているの?」

 私は驚いて訊き返していた。


 地上に店の看板は見当たらなかった。故に知り合いや常連でもない限り、この場所を知ることなどあまりないような気がしたのだ。

「ここはこの前訪れた時、ギルドから紹介してもらった店だ」

「ギルドから紹介って……えっ!? ギルドって、そんなこともしてくれるの??」

「それは初耳です~。僕も知らなかったです~」

 私とエドは同時に驚きの声を上げていた。


「ああ。格安の宿とか郷土料理の美味い店とか、尋ねれば一応教えてくれる。

だが提携店を無作為に選んでいるだけだから、当たり外れも多い。だからあまり期待はできないけどな」

 ルティナはそう続けたが、私にとっては良い情報だった。いつか私もそのシステムを、利用する時が来るかもしれない。


「でも『当たり外れが多い』と言っておきながら、ルティナがまたここに来ているのは、どういった訳なの?」

 何となく小声になりながら、彼女へ更に訊いてみた。私にはどう見てもこの店が、「外れ」としか思えなかったからだ。


 彼女は手に持っていたフォークを再び休めると、怪訝な表情を浮かべながらこちらへ視線を向けてきた。

「だからさっきも言ったように、この前紹介してもらったのを思い出したからだ」

「思い出した……って、それだけの理由?」

「それだけだが、他に何かあるのか?」

「そりゃあ、ここは喫茶店だもの。料理が美味しいからまた食べたくなったとか、店の雰囲気が良かったからとか、そういうのもあると思うのだけど」


「料理、か……まあ、不味くはないと思うが」

「えっ!??」

 私とエドが再び声を上げた。カウンターで作業をしていたマスターが私たちに反応して、顔をこちらへ向けたようだったが、直ぐにまた戻っていった。


「どうかしたか? 変な声を出して」

 ルティナは私たちの顔を凝視しながら、眉根を寄せている。


「……いや、ええっと……」

「な、な、何でもないです~。ルティナさんは~僕たちのことなど構わずに~食事を続けてください~」

 どうやらエドが珍しく、空気を読んだようである。

 彼女はまだ訝しんでいるようだったが、直ぐに食事を再開した。

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