第29話 英雄
私がルティナの放つ鬼雪妖精のような視線に動けず、射殺されそうになっていた時。
「成る程! 魔物の術かっ!!!」
アレックスの叫び声が聞こえてきた。
どうやら説明のほうが終わったようである。私にとっては正に、天の助けだった。
すると彼は振り向いて、こちらへずんずんと向かってきた。そしてグローブを嵌めているルティナの両手をガシッと力強く掴むと、真剣な表情は崩さずに、勢いのままで迫っていった。
「分かった、引き受けよう!」
「へっ!?」
吃驚した私は、反射的に変な声を出してしまっていた。
「ちょっ、ちょっと待ってよ! 引き受けるって、モンスター・ミストの破壊を!?」
「当然だ!」
彼は胸を張って堂々と答えた。いつもの如く、かなりやる気に満ちている顔だった。
「話に聞けばモンスター・ミストという術は、外部からの攻撃を一切受け付けないというではないか。
それを破壊し、魔物から世の人々を助けたいと願う彼女の気持ち心意気に、俺は甚く感銘を受けたのだ。
ならばそれを助け、救済をするのが、英雄としての俺の役目ではないか!」
アレックスは拳を振り上げながらいつものように、熱く演説をしていた。
それにしてもエドは一体、どのような説明をしたのだろうか。この口振りから察するに、恐らくは多少の脚色を加えているのかもしれないが。
時々忘れそうになるのだが、彼は何と言っても吟遊詩人なのである。
「英雄? 何を言っている」
「何!?? 君はまさか、あの偉大なる英雄を知らないというのか!!!」
訝しんだ様子で訊き返した彼女の手を取りながら、再び凄い勢いで詰め寄っていくアレックス。
「いや、そうではないが…」
急に迫られたルティナは、戸惑いの表情とともに眉根を寄せると、顔を横へ逸らした。
「英雄といえば、アノ話だろう」
彼女は後退りながらアレックスの手を振り払うと、慌てるかのように後ろを向く。
「精霊に守護されし六英雄が、魔王を倒したとかいうアノ話」
「おおっ! 何だ、君も知っているのではないか」
「知っているも何も、有名なお伽話だからな。
それを本気で信じているのは大抵、トイーズダレマ大陸にいる精霊崇拝者かカルト信者くらいなものだが……あんた、信者なのかい?」
「信者?」アレックスは首を傾げている。
「俺は英雄の末裔だが」
「………は?」
「わーっ、そ、そ、それより、モンスター・ミストの話よっ!」
私は眼を丸くしているルティナと、不思議そうな顔で首を傾けているアレックスの間へ、慌てて割って入った。噛み合わない二人にこれ以上会話をさせたら、話が余計にややこしくなりそうな気がしたのだ。
「ああ、そうだったな。ではついてこい」
「うむ、了解した!」
突然一人で歩き出したルティナの後を、アレックスが足取りも軽くついていく。まるで尻尾を振りながら主人の周囲でまとわりつく、飼い犬のようだ。
そしてその場に取り残されたのは、私とエド。
「エリスさん~どうしましょうか~? 僕たちも行きますか~?」
問い掛けられた私が彼を見ると、何かを期待しているような顔付きをしていた。
その瞳が分厚いレンズで覆われていても分かる。明らかに「行きましょう! 是非ッ!!」と、力強く訴えかけている表情だ。
「全く……分かったわよ」私はその迫力に気圧されて、渋々承知した。
それにあのアレックスを勝手に行かせたりしたら、何をするか分からないというのもあった。
彼の身に何かあれば、恐らくはディーンに怒られ……いや、それより以前から度々話に聞いているアレックスの妹、リアに殺されるかもしれない。
私は気が進まないながらも、仕方なく二人の後を追うのだった。