第2話 道程2
「アレックスたちの村って、そんなに安全な場所にあるの?」
「うむ、山の頂にあるからな。それに『英雄の血族』であり、ウンディーネ(水の精霊)の加護を受けた俺もいる。即ち魔物たちは、由緒正しき我が神聖なる故郷に恐れを成し、襲撃ができないのだ!」
「あー、はいはい」
背中からでも分かるほどの熱気を全身にほとばしらせながら、アレックスは拳を握り締めていつもの熱い口調で語った。
しかし私はそれを軽く受け流していた。アレックスとは付き合いの長いディーンを見習いつつ、この数日で彼の扱い方が多少上手くなったかもしれない。
「でも、襲われにくいっていうのも確かだな。上空から攻撃される心配はあるが、飛行型の魔物というのは滅多に地上へは降りてこない。山頂にある俺たちの村は過去一度も、襲撃を受けたことがないらしいんだ」
「えっ、一度も!? 近くには『水の社』だってあるんでしょう?」
ディーンの言葉に、私は驚いていた。
私が旅に出た当初の目的が『精霊の社』巡礼である。
各精霊「風、地、闇、光、水、火」の祀られている社が各地に点在しており、それらを巡るのが目的なのだ。これは術士の修行方法として最もポピュラーな手段であり、一人前になるための儀式のようなものでもあった。
『精霊の社』というのは魔物から『生命の樹』を守るために、精霊が人間たちに造らせた結界だと言い伝えられている。生命の樹はこの世の根源であり、古代の魔物たちは何故かこの樹を欲しがったのだという。
しかしこれらの話は全て伝説。この世にいる殆どの人間たちは私も含め、ただのお伽話としか思っていない。
「今はどの社も警備が厳重らしいけど、昔は絶えず襲撃されていたっていう話を聞いたことがあるわ」
かつて魔物たちは結界を壊すために社を攻撃していたという。各社は何度も破壊されたが、結果的に生命の樹は現れなかったらしい。
「麓にあるフィオス町や山腹にある水の社は、確かに襲撃されていたらしいね。村に保管されている古文書にも、そんな記録が残っていたよ。
でもウチの村は襲撃されなかったらしい。多分、地形のせいじゃないかとは思うんだが」
「地形? そんなに襲撃されにくい場所にあるの?」
「複雑に入り組んでいるというか……まあ、実際に行ってみれば分かると思うよ」
ディーンは何故か歯切れの悪い言い方をした。同時に苦笑いも浮かべているように感じられる。
「でもおかげで、家族を安心して村へ置いておけるという利点もあるのだけれどね」
「それでディーンは遠い町まで、アレックスを迎えに来ることができたわけね」
これから私たちが向かう彼の故郷には、奥さんと生まれたばかりの娘さんが待っているのだという。
ディーンも昔は巡礼やギルドの仕事をしながら、各地を巡っていたらしい。その途中で奥さんと知り合い、現在は故郷に腰を落ち着けているそうだ。
「今回はリアにどうしてもって、頼まれていたからね。アレックスが村の外へ一人では、あまり出たことがないから心配だったんだろう。
でも今回だけだ。俺は家族と少しでも離れたくはないし、もう長旅はしないつもりだよ」
「皆さ~ん、ご苦労様です~」
いつもの陽気なエドの唄う声が、前方から聞こえてきた。
「エド、ここは大丈夫だった?」
「勿論です~。魔物は来ませんでしたよ~」
赤々と燃えさかる炎の前に座り込んでいたエドは、持っている小型の楽器を弾きながら返事をした。
彼はいつも音楽を奏でており、唄いながら会話をしている。両手が塞がっていて楽器が使えない状態でも、常にアカペラで唄いながら喋るという、かなり変わった癖の持ち主なのだ。
私たちはそんなエドをこの場へ残し、別行動で野宿をする準備をしていた。周囲に群がる魔物を退治していたのである。