第26話 遭遇2
「貴様は、キラー・アイ……名はルティナと言ったか」
この黒装束は通り名だけでなく、あたしのファーストネームまで知っていた。どうやら只者ではなさそうだ。
あたしが前に進んで奴らに近付いた時、左眼にはいつもの不快感が襲ってきた。先程は距離があったため、魔物の気配を感知できなかったようだ。
精霊術士と吟遊詩人は昨日あたしの近くに居たが、感知してはいない。それに仲間である剣士の可能性も低い。
そう考えれば自ずと魔物は、黒装束の奴らだと断定できる。
ならばこちらの専売特許だ。
奴らはあたしが気付いたと思ったのか、あっさりとその正体を現していた。そしておもむろに腕を上げ、結界を創り出す。
あたしは精霊石の埋め込んである両手袋に術を掛け、近くの壁に穴を空けた。同様に上にも窪みを作り、それを足場にして屋上へと登っていった。あの狭い通路内で挟み撃ちにされたら厄介だ。
広い空間に出たあたしは、素直に追いかけて来た奴らの洗礼を早速受けた。
奴らの放つ複数の黒い刃がこちらへ向かってくる。
あたしは能力を纏った拳で、正面から叩いて横へ薙いだ。それらは勢いをつけたまま地上へ落下していったようだが、まあ、あたしの知ったことではない。
その間にも奴らは、次々と攻撃を繰り出してくる。
前からはナイフの攻撃。それを躱せば背後からの術攻撃。
勿論あたしもその度に反撃をしているが、相手もなかなか隙を見せない。何より、奴らのコンビネーションプレイは完璧だった。
(面倒だな)
あたしは二匹同時に倒す方法を模索し始めていた。
このままではこちらの分が悪すぎる。ここは一旦、体勢を立て直した方が良さそうだ。
「風雷破拳!」
新たに雷撃の附加した両拳を、それぞれの方向へ飛ばした。
二匹には直前で躱されたが、その隙にあたしは奴らより十分な間合いをとる。
「貴様らは確か、ランドラプトルだったな」
ここであたしはおもむろに、奴らへ話し掛けた。
ランドラプトル。
指名手配書によれば、危険ランクDの魔物。
五段階ランク中の『D』だから、度数はそれほど高くはないのだが、指名手配の魔物であることに変わりはない。
しかしこの『ランドラプトル』という種族、主に生息しているのは海を渡った先にある、サラマタル大陸。
取り分けその大半を支配している、セルフィール帝国周辺のはずだ。つまりこのアズテラス大陸では、殆ど見かけない魔物だった。
「ほう、我らを知っているのか」
「当たり前だ。あたしも伊達に長いこと、この仕事をやっているわけではないからな」
などとハッタリで返答していたが、単に数週間前までセルフィール帝国へ滞在していたから、たまたま知っていたにすぎない。
指名手配書というのは魔物の場合、生息地域限定でギルドに提示される仕組みになっている。だからこの大陸を拠点にしているあたしには馴染みがなく、海を渡らなければ知ることのない種族だった。
「それが何故、あいつらを襲う。誰の命令だ?」
「貴様の知るところではない」
(やはり簡単には口を割らないか)
だがその上の魔物――力の強いモノの命令で動いていることは、間違いないだろう。魔物自らの意思で生息地域を移動するというのは、滅多にないことだからだ。
「しかし倒すのは貴様が先だ。なあ、ボブ」
「そうだ、レグ。あいつらならここに居る限り、いつでも殺れるからな」
(……そういうことか)
結界を創ったのは勿論、外部との切断目的もあるに違いない。が、恐らくあの三人をここへ閉じ込めておくのも、理由の一つなのだろう。
「キラー・アイ。貴様の噂は、俺たちの耳にも入っている」
「へえ、サラマタル大陸にまであたしの名が知れ渡っているとはね。でもサインはやらないよ」
「確か貴様の胆を摂取すれば、至上最強になれるという話だったな」
あたしの気の利いた冗談をあっさりと無視したレグが、下卑た笑みを浮かべながら言った。
その噂がこの大陸にいる中位クラス連中の間で流れていることは、あたしも知っていた。
過去、それに絡んで戦いを挑んできたものも数多くいたが、その都度撃退していたのだ。
「それはあくまでも噂だろう? あたしはこの通りピンピンしているし、胆も取られたことはないよ」
「だが、そうだ……貴様にはこんな噂もあったな。知っているか? ボブ」
「レグ、もしかしてアレのことか?」
ボブと呼ばれた魔物は、ちらりとあたしのほうを見ながら答えた。
「キラー・アイが極めて特殊な、『半魔半人』の身体を持つという、アノ話」
あたしのこめかみが反射的に、ピクリと反応してしまった。が、奴らの様子に変化はない。どうやら気付かれてはいないようだ。
「そうだ。
通常の『半魔半人』は『母体』が我ら魔族でなければ、この世に生まれ出でることができないと言われている。
ヒトの身では器である母胎が、その精霊力に耐えきれないからな。
しかしキラー・アイはその逆で、『母体』が人間。
しかもその胎内を破壊せず、死産にさえならずに生まれ出でたという」
「それもただの噂だ。事実とは限らない」
「確かにな。我ら魔族の血を受け継ぐ者が人間の胎内から生まれ、何十年も生き長らえているなど、今まで聞いたことのない非常識な話だ」
(……こいつら、喋りすぎだ)
あたしはお喋りな奴は嫌いだった。胃がムカつくほどに。
だが奴はこちらの反応を楽しむかのように、まだ喋り続けている。
「噂であれ何であれ、この大陸に広まっている話が我らの所にも伝わってきた。
ならばここで貴様に出会ったのも、何か運命を感じるとは思わないか?」
『運命』――これが恋人に言われた科白ならば心躍るところなのだろうが、こんな奴に言われているかと思うと反吐が出る。
「だから貴様らはそれが真実かどうか、ここで確かめると言うのか」
「そうだ。もしそれが事実ならば、我が最強になる!」
奴らは互いに交差しながらこちらへ駆けてきた。あたしは再び「風」に電撃を附加させて、奴らの持つ短剣を両手で受け止めた。
あたしはそのままの体勢で、口角を上げる。
「お前らもお目出度いな。そんな定かでないものを欲するために、あたしに殺られたいというのか」
「真実は貴様を食すれば分かることだ。それに噂のあるところに、火種がないとも限らないしな」
あたしは後方へ飛んで再び間合いをとる。しかし奴らは透かさずこちらへ向かってきた。
片方の魔物は、真正面から術を放ってくる。
あたしはもう片方の繰り出してくるナイフを受け止めながら、その術を躱す。が、今度はあたしの脇腹を掠った。
そろそろあたしの体力が持たなくなってきているようだ。動きも先程より鈍くなっている。
それは奴らも同じはずだ。先程までは攻撃に手応えを全く感じていなかったが、今は拳に奴らの感触を微かに感じるようになった。それにあたしと同様、動きも鈍くなっている。
だがあたしは攻撃の手を緩めることができなかった。
2対1。
無論数の問題ではないが、気が少しでも緩んでしまった時、恐らくそれがあたしの最期だ。
あたしは攻防を繰り出しながらも、奴らを如何にして同時に倒せるか考える。
(こうなったら、下の建物でもぶち壊してみるか?)
要は何か、突破口さえ見つけられれば良いのだ。
―――だが突如。
何かの砕け散るような鋭い音とともに、空が割れていた。




