第24話 怒りのままに
あたしは予定より少し遅れていたが、アクニカ村へは無事に辿り着いていた。
が、あたしの機嫌は頗る悪かった。
「……っくしょう、あンのクソガキっ!!
今度見つけたら絶対、ブッ殺す!!!」
あたしの放つ殺気に触れまいとするかのように、周囲を行き交う人々が遠巻きに避けながら通り過ぎていく。
いつもならこれほど簡単に撒き散らしたりはしないのだが、それも無理からぬことだった。
財布を掏られたのだ。
犯人は混雑中のどさくさに紛れて派手にぶつかってきた、さっきのクソガキ!
いつもなら気付いた時点で捕まえているところだ。
しかしその時のあたしは、この前食べ損ねたアクニカ村名物の『ソフトアイス』を、二本同時に抱え込んでいたために反応が遅れてしまった。
その上ぶつかった衝撃で両方とも、地面に落としてしまったのだ!
兎にも角にも、このあたしの懐から財布を盗むだなんて、かなり良い度胸をしていやがる。
今度見つけたら両手足に、岩男(ロック・マン)を括り付けてす巻きにし、何十もの鍵を掛けた保管箱に閉じ込めて、海底の奥底へと必ず沈めてやる!!!
あたしがそう息巻いていると、左眼が急に疼いてきた。
どうやらこの近くに魔物がいるらしい。
が、特に珍しいことではない。このような街中の人混みであっても、大抵何匹かは魔物が紛れ込んでいるからだ。
しかし全てを狩るのは大変な労力だ。だからあたしはいつも、賞金首以外の魔物には目を瞑ってきた。
それにあたしの能力では、大勢の中から一つだけを特定することができない。つまり人がこのように大勢いた場合、その中のどの人間が魔物であるのか――そこまでは判別できないのだ。
あたしは辺りに素早く視線を配っていた。
側を通り過ぎようとしていた一人と不意に目が合うと、相手のほうがあからさまに、ビクリと身体を震わせていた。いくらか顔色も青ざめて見えるようだ。
直感の働いたあたしはその人物から視線を逸らさずに、真っ直ぐ近付いていく。
恐らくあたしの形相は、伝説として語り継がれている魔王のように険しかっただろう。自分でも自覚はしている。
当然男は逃げる。あたしもそのまま追いかける。
互いの距離を保ったままだ。そして眼の違和感も消えてはいない。
人混みを掻き分けながら、あたしはその男をしつこく追い続けていた。
「あんた、何故俺を追いかけてくる!?」
とうとう我慢の限界にきたのだろう。男は後ろを振り返ると、逃げながらこちらへ怒鳴ってきた。
「貴様が逃げるからだ。それに貴様の正体、全てお見通しなんだよ!」
「やはりそうか! その隻眼は……お前があの『キラー・アイ』!!」
あたしの通り名を知りながら逃げている、この男。
間違いない。魔物だ。
しかしまさか、あたしが試しにちょっとカマを掛けてみただけで、簡単に引っ掛かってこようとは。
この分かりやすい反応は恐らく、賞金首に掛けられるほどの大物ではないからだろう。一般的な中位クラスだ。
奴が大通りへ出た辺りでようやく捕まえると、予め術の施された手刀を首の付け根付近へ、問答無用でぶち込んだ。瞬間、かなり驚いた顔付きをしていたようだった。
奴にしてみれば賞金首でもない自分が、まさかこのような公道のド真ん中で攻撃をされるとは、露ほどにも思っていなかったに違いない。
騒ぎを大きくすれば、先程見かけた数名の騎士たちが直ぐに飛んで来て、あたしの手柄が横取りされる。
それに魔物にしてみても、あまり目立った行動は避けたいはず。何故なら奴が何の目的もなしで、人間に変化するとは思えないからだ。
中位クラス以上はプライドが高く、日頃から嫌悪感を抱く人間に、自ら進んで擬態する者など殆どいない。大抵の魔物は自分より能力の強い者の命に従って、人間に化けているにすぎない。恐らくは奴も同じだろう。
だから奴は人混みの中、こちらに攻撃を仕掛けてはこなかったのだ。
それなのに何故あたし自らが、そのような暴挙に出たかといえば、答えはただ一つである。
当然、財布を掏られたせいだ。
このままではどうにも、腹の虫が治まりきれなかった。というわけで代わりに、たまたま目の前に居合わせたこの魔物を、ぶった切ることにした。
しかしこのままではやはり、駆け付けて来る騎士たちに手柄を横取りされ、賞金も手に入らなくなる。
賞金首ではないから金額的には高が知れているし、財布も全てを掏られたわけではなかったが、ここまで派手に立ち回ってしまった手前、途中で横取りされるのは癪に障る。あたしの魔物ハンターとしてのプライドも許されない。
要は騎士たちが来る前に、この場をずらかればいいだけのことだ。
そのために急いで遺体の回収に向かった。
あたしが地面に転がっている頭部を持ち上げた時、その前には呆然と座り込んでいる少女の姿があった。
焦点の定まらない大きな翠瞳が、あたしの持つ頭部をじっと見詰めている。まるでソレに魅了されてでもいるかのようだ。
(あれ? コイツ)
肩まである真っ直ぐな、金に近い栗色髪の少女。その顔には見覚えがあった。今朝、道中で見かけた精霊術士だ。
あの時には生気に満ちあふれていたが、今は土気色の顔で小刻みに震えている。
「まさかこのような場所に~魔物が紛れていたなんて~思わなかったです~」
側にいた少し太めの吟遊詩人がそれとは対照的に、朗らかな歌声で唄っていた。
「魔物……」
小さな呟き声が聞こえたあたしは、彼女の顔を肩越しから覗き見る。
すると、先程よりは幾らか顔色が良くなっているような気がした。頬には赤みが戻り、強張っていた表情も徐々に緩みつつあるようだ。
あたしはここで、嘗て一緒に仕事をしたことのあるハンター仲間のことを、ふと思い出していた。
他の職種でも同じだとは思うが、あたしたち魔物ハンターも目標が強敵の場合には即席でパーティを組み、同業者と協力して首を取りに行くことがある。
過去何度か一緒に仕事をしたことがあり、精霊術士だったが、あたしから見てもかなり腕の立つ男だった。
―――――ある欠点を除いては。
何故そんな彼の顔をここで思い出したのかといえば、似ていたからだ。
遺体を見詰めた時の瞳。表情。
後からその事実を知った時の、憑き物でも落ちたような様子。
巡礼者とはいえ、彼女も精霊術士だ。少なくとも戦闘経験があり、死体にも見慣れているはず。
遺体を前にしたからといって、動揺するはずがない。現に今朝は普通に戦っていた。
なのに先程のあの様子。
もしかしたら……という思いが胸を過ぎっていたが、しかし通りすがりであるあたしには関係のないことだった。
寧ろ今は、最優先でやるべきことがある。
恐らくこの騒ぎを聞き付けた騎士たちが、直ぐにでも駆け付けて来るだろう。
あたしは残った胴体を急いで担ぐと、自然と出来た道を通り、彼らが到着する前にこの場を立ち去ることに成功したのだ。




