第23話 パーティ戦闘
あたしは左眼に違和感を抱くと、眼帯の上から手で押さえ付けた。
瞳の中を小さな虫が、無数に這いずり回っているような不快感。
いつもの感覚だった。
すると目の前の木陰から現れたのは、二体のゴブリン。先程から戦っているのは、殆どこの種類だ。
いくらこの辺りが奴らの縄張りだとはいえ、前に来たときよりも数が多すぎる。やはり、モンスター・ミストの影響が現れているせいなのだろう。
サラに遭遇してから一日が過ぎていた。
奴に精神攻撃を受けてから徐々に体力は回復しているが、それでもいつもより移動速度は落ちている。通常であれば、既にアクニカ村へ到着していても良いはずだった。
あたしはいつものように其奴らを軽く片付けると、視界を遮っている乱れた前髪を掻き上げた。同時に左眼を覆っている眼帯にも、そっと手を触れてみる。
いつもの違和感は消えている。
「眼はいつも通り、か」
あたしの左眼には、特殊能力があった。
魔物の気配を感知できるのだ。
これは世間から「呪われたモノ」と呼ばれる、半端な存在のあたしにしか備わっていないものだ。
しかしサラと遭遇した時には、まるでゾンビが現れた時のように何も感知できなかった。
だが奴は、ゾンビやスケルトン・キラーのような傀儡などではない。もしそれらであるのなら、双眸の瞳に光を感じることがないはずだ。
あれは完全に気配を殺していた。
がしかし、果たしてそのようなことが可能なのだろうか。
あたしは奴の気配を探っていたのだが、特殊能力のある左眼でさえも感知できなかった。上位クラスの魔物は数が少なく、遭遇すること自体稀な種族ではあるが、例え奴らといえども命ある限り「生気」を完全に消すことは有り得ない。
自分の能力異常かとも思ったのだが、左眼も通常通り感知しているから、原因はそれではないだろう。
「雨激天圧!」
「雷風烈破!」
近くでは術文を唱える声と、地響きなどが聞こえてきた。何処かのパーティが戦っているらしい。
その者たちが戦っているということは、この付近にいる魔物もその場所に集まっているはずだ。つまりあたしがこのまま素通りしても、何の問題もないということになる。
討伐隊などといった特殊な状況を除けば、部外者が戦闘中の他パーティに途中参戦することは殆どない。
個々のパーティには、きちんとした連携があるのだ。危機的状況に陥っているのならともかく、途中で乱入すれば、それを崩してしまうことになりかねない。
そんなわけであたしはいつもの通り、この場を立ち去ろうと思ったのだが、途中で何気なくそちらのほうへ振り向いていた。
数匹のゴブリン相手に戦っていたのは、四人のパーティだった。
格好から判断すると、剣士一人に精霊術士二人、そして楽器らしきものを振り回しながら敵に追いかけられている芸術士が一人だ。
「……ん?」
(剣士、精霊術士、芸術士?)
あたしはこの組み合わせに引っ掛かりを覚え、立ち止まった。
『――その者たちは剣士の男、精霊術士の女に竪琴を弾いていた……芸術士の男、だったか』
昨日サラから告げられた、三人の特徴を思い出していた。
更に奴は「剣士の男は妾から見ても大層、眉目秀麗であるぞ。貴様の美的感覚が妾と近似しているというのであれば、直ぐにでも分かるだろう」とも言っていた。
そのことを思い出したあたしは木陰から目を細め、剣士の顔を改めて凝視した。
「……………」
――何だあの、異様にキラキラした顔は。
輝いて見えるのは恐らく、飛び散る汗が陽に照らされてそう見えているだけかもしれなかったが、遠目から見ても明らかに目立つ顔立ちだった。
が、しかし。
このパーティは四人だ。
もう一人、不気味な雰囲気を身に纏っている精霊術士がいた。フードを目深に被っており、見ただけでは性別を判断できないが、その背格好から男だと認識した。
四人パーティということは、サラの言っていた特徴と若干の違いがある。もしかしたら奴の話していたのは、此奴らではないのかもしれない。
(に、しても)
このパーティは一目見ただけでも、あまりバランスの取れているほうではなかった。
剣士の男は武器の持ち方、構え方も完璧だし、敵の繰り出す攻撃にも怯まず対応している。
一見すれば、ある程度の手練れにも見えるが、しかし全体的に無駄な動きのほうが多い。これでは直ぐに体力が尽きてしまうだろう。
精霊術士の男は、複数の属性を上手く組み合わせながら戦っていた。
こちらは全くといっていいほど無駄がなく、各属性の術を上手く組み合わせ、的確に使用している。加えて他の仲間のフォローにも回っており、この中では一番場慣れしているようだ。そして恐らく一番強い。
もう一人の精霊術士の女――というより、まだ少女に見えるが――は、一応考えながら戦っているようにも見える。
しかし動きのほうは、まだかなりぎこちなかった。術の威力も中程度だ。
それらのことから判断すると、どうやら巡礼者のようであるから、能力が伸びるのはまだこれからといったところか。
芸術士のほうは逃げてばかりいて、援護支援があまり上手くいっていない様子だ。
楽器を持っていることから考えると吟遊詩人のようだが、まだ上手く仲間のサポートが出来ていないのだろう。こちらも巡礼者のようだ。
総合的に見るならば、まだ発展途上中のパーティといったところかもしれない。ベテランの前衛をあと一人くらい追加すれば、多少のバランスは取れそうな気もするが。
と、ここで、こちらに背を向けて一息吐いていた剣士が、突然振り向いた。
「アレックスさん~どうかされましたか~?」
「――む、いや……」
「ちょっと、あんたたち。突っ立ってないで、こっちも手伝ってよね!」
剣士はこちらを気にするような素振りで顔を向けながらも、前を歩いていた少女に促されるままに立ち去っていった。
まさかとは思うが、自分たちを見詰める視線に気付いたのだろうか。側には感覚の鋭い芸術士も居たから、あたしは慎重に気配を消していたつもりだったのだが。
あたしは彼らが木々の向こうへ消えていくのを、この場で見送っていた。
この森を抜けた直ぐ先にアクニカ村がある。
あたしもそろそろ、出発しなければならない。




