第20話 3人への依頼
「あたしはルティナ。ルティナ・マーキス。職業は魔物ハンターだ」
彼女はそう名乗った。魔物ハンターは魔物専門の賞金稼ぎである。
「あ、それで昨日は~あんなに派手に魔物を~退治していたのですね~」
エドは納得といった表情で両手をぽんっと叩いていたが、私は眉を顰めた。
「だからって、あんな風に退治しなくてもあなたが魔物ハンターなら、もっと簡単でスマートな方法があったはずでしょ。いきなりだったから私、凄くビックリしちゃったんだけど」
「アイツがあたしの顔を見た途端に逃げ出したから、そのまま追いかけたまでさ。
魔物らの間であたしは有名人らしいからね、腰抜けのお嬢ちゃん」
愛想もなく言った最後の言葉は、私への皮肉だろうか、やっぱり。ということは昨日彼女の目の前で、座り込んでいたのが私だと憶えていたのか。
「それじゃあ、あんたたち……ええと……」
「私はエリス。エリス・フルーラよ」
「僕はエドワード・ライアンです~。そして隣にいるこの方は、アレックス・ヴォングさんと言います~」
私たちは口々に自己紹介をした。ただアレックスだけは眉間に皺を寄せて腕を組み、未だに何かを考え込んでいる様子ではあるが。
「ああそう。じゃあ、あたしについてきな」
「………は? なんで??」
ルティナはごく自然な流れでそう言ってきた。だから反射的について行きそうになったのだが、私は寸前で何とか踏みとどまった。
何故会ったばかりの身も知らない彼女に、私たちがついて行かなければならないのだろうか。それに「知らない人にはついて行くな」という言葉は、物心が付く前から言い聞かされている一般常識でもある。
「なんでって……あんたたち、狙われているんだろ? あたしが守ってやる」
「は……え、えええええー???」
私は吃驚して思わず大きな声を上げてしまった。
確かに先程助けてくれたことには感謝しているし、ありがたいとも思う。
しかし初対面の私たちに対していきなり「守ってやる」など……そんなことを軽く言ってくるだなんて、普通だったら警戒するに決まっている。
私が無言で疑いの眼差しを向けると、それに気付いた彼女はおもむろに眉を顰めた。そして苛ついたような表情に変わると、少しクセのある錆色短髪を無造作に左手で掻き回す。
「ったく、分かったよ。正直に言おう。理由は三つだ」
私の言いたいことを察したのか、ルティナはそう言いながら左指を三本突き立てた。
「まず一つ目は、あんたの持っているソレ、返して貰おうか」
「へ? ……あ、ああ、コレね」
言われた私は、自分が小脇に抱え込んでいる物に視線を落とした。それは最初にルティナから預かっていた、饅頭の入った箱である。
「まさかまだ預かってくれていたとはな。普通あの状況だったら、途中で捨てているぞ」
「そりゃいきなり渡された物とはいえ、一応他人の物だし。勝手に捨てるわけにもいかないでしょ」
有無を言わせず人に頼んでおきながら、そんな言い方をするなんて。
私は明らかにムッとして、箱をルティナに突っ返した。本当は捨ててしまおうかとも思ったのだが、結局ずっと持っていたのだ。
「ああ、それはすまなかった。これは謝礼だ」
ルティナは直ぐに謝ると、私の手の平へ饅頭を三つ乗せてきた。彼女が予想外の行動をしたので、私は呆然とそれを見詰める。
ルティナって、もしかして。
実はわりと『良い人』だったりするのだろうか。外見だけで判断するならば愛想の欠片もなく、一見恐そうな印象ではあるのだが。
「そして二つ目は、あの魔物たちだ。彼奴らはギルドでも指名手配されている」
「え、そうだったの?」
指名手配をされている魔物だというのであれば、それを専門職にしている彼女がこの機を逃すはずはないだろう。
しかし疑問なのは、何故そのような魔物が私たちを狙っているのか、ということだ。
最初はこの前遭った、上位クラスの魔物「サラ」に命令されたのかとも思った。しかしあの時は彼女に『わざと見逃された』のである。
どうやら私たちは彼女にとって、必要なモノらしいのだ。といっても正確には『アレックスだけが』であるが。
そして恐らくであるが彼女には、まだ私とエドのことがバレてはいないと思う。でなければ能力のあるアレックスにまで、危害を加えてくるはずがないからだ。
「最後の三つ目。こいつはあたしから、あんたたちへの依頼だ」
「依頼?」
「そうだ。あんたたちにやってもらいたいことがある」
「僕たちにですか~? ルティナさんに頼まれるような~難しいことは出来ないと~思いますけど~」
「なに、実に簡単なことだよ」
首を傾げたエドに向かってニヤリと笑いかけた彼女は、事も無げに言葉を続けた。
「モンスター・ミストを破壊してほしい」




