第19話 破壊
上を見上げれば、相変わらず風と闇が交差していた。
彼らが場所を移動しないのは、この空間がかなり狭いから移動できないのだと思う。ということは、この術を掛けたボブの力量がその程度、ということになってくる。
「私もあのルティナっていうモンクを、手伝うことができればいいのだけれど」
私は歯痒い気持ちを抱きながら、ぽつりと呟いた。
二対一で戦っているのだ。ルティナがどのくらいの強さなのかは分からないが、数ではこちらが不利だった。
「でも僕たちが出て行っても~ルティナさんの足手まといに~なるだけですよ~」
「まあ、そうなんだけどね」
特に私など、紋様のせいで攻撃術が使えないし。
外界との境目であるこの場所は、先程まで私たちが居た所よりは比較的安全のようだった。先程は戦闘の真下だったので落下物も頻繁に落ちてきていたが、ここは少し離れているため、殆ど落ちては来ない。
それに上の様子も見ることができる。私たちはこの場所で彼らの戦闘を、ただ見守ることしかできないのだ。
「では僕たちはその間に~この結界を破れる方法でも~探しましょうか~?」
エドがそのようなことを提案してきたが、私にとっては予想外なことだったので驚いていた。
「え、そんなこと可能なの?
普通こういうのって、術を掛けた張本人を倒さない限りは破れないっていうのが、セオリーでしょ」
「でも他に方法があるかもしれないですし~。ここでじっとしていても~無駄に時間が過ぎていくだけです~。僕たちにだって~やれることがあるはずですよ~」
いつものように陽気な音楽を鳴らしながら、エドはそのようなことを軽く言ってきた。
だが彼の言うとおりでもある。ただ見ているだけの私たちだが、もしかしたら今できることがあるのかもしれない。
私が思い直して周囲の壁や地面などを調べていると、大通りを見詰めながら顎に手を置き、真剣な表情で何かを思案している様子のアレックスの姿が目に入った。
「アレックスもひょっとして、この結界を破る方法でも考えているの?」
「うむ……こちらからは向こう側が見えているというのに、何故ここを通った物が遠く離れた後方へ移動できるのか、そのカラクリを解いている最中なのだ」
(この男……さっきは理解しているようなことを言っておきながら、本当は全く理解できていなかったというわけなのね)
私が半眼で見詰めていることに全く気付いていない彼は、何を思ったのかおもむろに大通りのほうへ歩き出した。自分でも実際に体験して、確かめてみようとでもいうのだろうか。
彼の身体がそこへ入りかけた時、バチッという何かの弾けるような音が聞こえてきた。と同時に、身体上には水の紋様も浮かび上がった。
まるで硝子の砕け散るような鋭い音が聞こえてくる。
静寂だった周辺からは津波の如く、一気に喧騒が押し寄せてきた。目の眩むような目映い陽の光と、行き交う人々。先程までの見慣れた光景だった。
「待て!!」
頭上で怒鳴り声が聞こえてきた。見上げると建物の屋上を伝って逃げていく、二匹の後ろ姿が見える。
恐らく結界が解かれたために、逃げ出したのだろう。
この町は現在近衛兵により、厳重に警備されている。少しでも騒ぎが起きれば、直ぐに常駐している騎士たちが駆け付けて来るはずだ。昨日もルティナが去った直後、数名の騎士たちが現れていた。
だから彼らはここに結界を張ったのだ。
魔物が結界を使って戦うのは、戦闘の邪魔をされたくない故に外部の者を遮断するためとか、中は術士のテリトリー内だから有利に戦えるなど、それらの理由が一般的だと言われている。特にこのような街中では余計な騒ぎは避けたいはずだ。
結界は術士が創り出す異空間である。先程私たちが居た空間も建物や風景がこちら側と同じように見えてはいたが、別空間だった。その証拠に崩れているはずのそれらの残骸が、こちら側では全くの無傷だ。
「ちっ、逃げられたか」
舌打ちとともに、ルティナが壁を伝って上から降りてきた。
「……まあいい。どうせ奴ら、またあんたたちを襲いに来るだろうしな」
「て、ソレちっとも良くないじゃない!」
私は即座に抗議の声を上げていた。




