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ゼロクエスト 〜第2部 異なる者  作者: 鈴代まお
第1章 暗殺者(エリス編)
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第18話 結界術

 私たちは表通りに向かって駆け出していた。

 先頭にいたのは私だったのだが、外へ出たと思った瞬間、少し離れた先にいる二人の後ろ姿が目に飛び込んできた。


「エ、エ、エリスさんが~突然消えました~」

「何っ、また迷子か!?」

 目の前で忽然と姿を消した私に驚いているのか、二人がその場で慌てふためいている。


「私なら、ここに居るわよ」

 背後から静かに話し掛けると、彼らは幽霊にでも出遭ったかのような表情で更に驚いていた。その辺りに転がっている小石一つ分くらいは、確実に飛び上がっていると思う。


「さっきは前から外へ~出て行ったはずです~。なのに何故~後ろにいるのですか~? エリスさん~何か術を使ったのですか~」

「む、そうなのか? このような非常時に、冗談が過ぎるぞ」

「いや、私のせいじゃないから」


(というか寧ろ、あんたにだけはそんなことを言われたくないんだけど)

 心の中でアレックスに対して文句を言いつつ、改めて表通りのほうへ歩み寄ると、外へ出る一歩手前で立ち止まった。

「多分、魔物の結界のせいでしょうね」


 私はセピア色に変異した空を見上げながら言った。

 上では三人――正確には一人と二匹だが――が、攻防戦を繰り広げていた。まだ油断は出来なかったのだが、今はそれぞれ戦い方を変えているのか、落下物は最初の頃に比べてあまり落ちてきてはいない。


「結界、ですか~」

「そう。さっきあの魔物の一匹が、この辺りに結界を張っていたのよね。

私の推測では恐らくこの場所と、あの後ろにある横道くらいの範囲だと思うわ。

……二人とも良く見ていて」


 私はおもむろに右袖を捲り上げると、表通りへその腕を突き出した。すると入った肘から先の部分がすっぱりと、切断でもされたかのように消えていたのである。

 彼らは予想した通り、再び目を丸くしていた。

「後ろを見て」


 私は背後を振り向いた。

 後ろにはかなり遠くまで一本道が続いている。エドが先程逃げてきた道だ。

 間にはそれを分断するかのように横へ入る脇道も何本かあるのだが、一番近くにある脇道に奇妙なものが浮かんでいた。

 人の掌である。


「あ、あれは……人の手!?」

「そうよ、正確には私の腕だけどね」

 それは私の消えた部分だった。精霊石の嵌め込まれたブレスレットが手首で揺れているのが、真正面からでも見える。


「どうやらこの場所と後ろの横道辺りまでの空間が、魔物の術によって閉じられているようなの。

それにこの通りは、後ろのあの部分に繋がっているわ。だから外へ出たと思っても、またここに戻ってきてしまうというわけよ」

 二人はきょとんとした顔をしているが、私は更に続けた。


「簡単に言えば、一定範囲内の空間が大きな硝子張りの箱の中みたいになっていて、出入り口には鍵が掛けられている状態なの。私たちは中へ閉じ込められているから、その鍵――つまり魔物の術を壊さない限りは、ここから出られないっていうわけ」

「あ! 話には聞いたことがあります~。それが魔物の結界というわけですね~」

 エドはようやく理解したようである。


 空間を捻れさせる術は、中位クラス以上なら大抵使えるらしい。

 人間では人数と時間も掛かるのだが、魔物では先程のボブでも分かる通り独りで、しかも短時間で出来るのである。つまりヒトと魔族の術力の差が、それだけ大きいということでもある。

「要するに魔物の術の影響で、俺たちはこれ以上先へは進めない、ということなのか?」

 どうやらアレックスも珍しく、すんなりと理解したようである。


「それにしてもエリスさん~よくこの空間が結界だって~分かりましたね~。もしかして閉じ込められたことでも~あるのですか~?」

「ううん、ないけど。話には聞いていたから」

「僕もお師匠様から~話にだけは聞いたことがあったんですけど~実際に体験したことがなかったので~直ぐにはピンと来ませんでした~。その冷静な判断力、流石です~」

 エドは例によって、顔をキラキラと輝かせている。


 実のところ私にも、魔物の結界術がどういったものなのかは、あまり理解していなかった。話に聞いていた状況と一致しているようだったので「もしかしたら…」と考えたのだが、私も実際に体験したことがなく、半信半疑だったのだ。

 本当のことを言えば、最初に結界を通って二人の後ろ姿を見た時点で、腰が抜けるくらいには吃驚していたのである。しかし彼らの慌てている姿を目にした途端、逆にそれが一気に萎えてしまったのだ。


「何事にも動じない~強い心と冷静な判断力~、同じ巡礼者として~僕もエリスさんを見習わないといけませんね~」

 エドはまだ顔を輝かせてこちらを見詰めてきていた。

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