第15話 敵の誤解?
「まだ仕留めていなかったのか、ボブ」
「ふ…それはこちらのセリフだ、レグ」
二人は並び、アレックスに向かって構えを崩さずに互いに声を掛けた。
「流石『精霊の加護』を受けた者だ。俺の攻撃を避け、よもやここまで逃げ果せるとはな」
エドを追ってきたボブと呼ばれた男が、苦虫を噛みつぶしたかのような目でこちらを睨んでいる。
「エド、あんたも攻撃されたの?」
「そうなのです~。何故かあの人に~殺されそうになったので~ここまで必死に逃げてきたのですよ~。それでようやくここで~皆さんに再会できたのです~」
必死に逃げて――。
そういえばエドは、逃げ足だけは速かったのだ。
しかし。
(あの人、今確かに『精霊の加護』って言ったわよね)
アレックスにだけある特殊能力。
今の話から察するに、その能力がエドにもあると、あの男は言っているのだ。
(なんであの人、そんな誤解を? それに)
その能力のことはアレックスの故郷の人間と、私たちのようなごく一部しか知らないはずである。しかも普通なら精霊や魔王関連の話は、伝説としか受け取られていないはずだ。なのにこのボブという男も、それらを信じているということなのか。
「だがそれもここで終わりだ。貴様らには消えてもらう!」
その言葉を合図に、二人は同時に別れた。
ボブのほうはアレックスへ。そしてレグは私たちのほうだった。
「君たち!」
アレックスが叫びながら私たちへ駆けてこようとしたのだが、当然それをボブに阻まれた。
「神風護壁! 雷風烈破!」
私は風属性の防御術と攻撃術を同時に出した。
しかし攻撃術のほうはレグへ届く前に、自然消滅してしまった。
――ッキィィィン!
音を立て、短剣の刃が私のシールドに当たる。
「グ……ッ!」
瞬間、思わず呻いていた。それでも腹の底から力を振り絞り、何とか堪える。
やはり攻撃力は弱く、使い物にならなくなっていた。が、防御のほうはいつも通りのようだ。
背後で流れていた唄が止まった。どうやらエドの唄(術)のほうも、完成したようである。
身体全体に熱が帯びてくるのが分かる。エネルギーが外部から流れ込んで来ているのだ。
私はそれを体内にある精神エネルギーと融合させ、放出する。シールドがそれに反応するかのように強化されていく。
これは吟遊詩人などの芸術士がよく使う、支援系の術だ。
吟遊詩人の場合、補助術といえば敵味方問わず、唄の聞こえる範囲内のものであれば――クラスなどの制約は抜きに考えて――誰にでも効果が及ぶ。
しかしこの支援系だけは対象者一人にしか効力がないという、特殊な技なのだ。恐らく自身の体内エネルギーを他者に分け与えるという、他には例を見ない能力が関係しているのかもしれないが、私はその仕組みについて詳しくは知らない。
エドは私に言われるまでもなく、事前に支援系の術を唄い始めていた。
唄い始めた時にその系統の術だということは、私にも瞬時に分かった。何故ならこの状況で芸術士が使う技といえば、それ以外考えられないからだ。
しかしレグは強化されたシールドに阻まれていても、絶え間ない攻撃を繰り出してきている。私たちはそれに押され、じりじりと後退していった。
エドも後ろから私を支えているが、この男の力押しは半端ではなかった。二人がかりでどうにか耐えているほどだ。
だが私の消耗も激しい。体力と精神力が大量に削られていくのである。
私はこれほどまでに短時間で消耗するような激しい戦い方を、今まで経験したことがなかった。このままいけばこちらが不利になるだろう。
「エリスさん~、耐えて下さい~」
いつもの気の抜けるようなエドの声で、私は本当に気が抜けてしまった。
「! しま…っ」
気付いた時にはもう遅かった。
鈍く銀色に光る先端が、直ぐ目の前にまで迫ってきていたのだ。