第13話 襲撃者
「見張られて……てあんた、只でさえ目立つんだから仕方ないんじゃないの」
道行く人々――特に女性は擦れ違いざまに、必ずアレックスのほうを振り向くのである。いつも誰かに監視されているようなものなのだ。
「何を言うか。このように謙虚で人畜無害なこの俺の、何処が目立つというのだ」
私の位置からでは背後にいる彼の表情は全く見えなかったが、声のトーンから察するに、恐らく心外だとでもいうような顔付きになっていることだろう。
長身な上に美形である。ただそこへ佇んでいるだけでも目立たないはずはないのだが、本人にその自覚がないというのは恐ろしいことだ。
しかし殺気というのは気になる。私には何も感じられなかった。とはいえその緊張感は、腕の中にいる私にも伝わってきていた。
私は念のために意識を辺りに這わせてみる。
刹那――。
アレックスに抱えられ、私は一緒に奥へ飛んでいた。
素早く体勢を立て直してその方向を見ると、短剣が三本地面へ突き刺さっている。私たちがさっきまで立っていた場所だ。
疑問に思う間もなく、その上へ覆い被さるように黒い影が落ちてきた。
「逢い引きの最中に……よく俺の攻撃が躱せたな」
唸るような声とともにゆらりと揺れると、それは細長く上へ伸びた。
いや、よく見ればそれは影ではない。
人間の男だった。
全身黒いマントのようなものを羽織っている。頭は黒い短髪が覗いていたが、口元は隠すように黒い布で覆われていた。
全身が黒ずくめで、見るからに怪しい格好だ。しかも今物凄く、的外れな独り言をぬかしたような気もするが、それに対して突っ込んで良い空気ではない。
「あんた一体、何者なのよ。何でいきなり攻撃してくるわけ?」
私は何処にでもいる一般的な、ただの巡礼者だ。誰かに恨まれる理由など当然ない。
だとすれば、狙いは一緒にいたアレックスなのか。それとも人違いで攻撃されただけか。
「答える義務はない」
「もしかして人違いじゃないかしら。私、あなたのことなんか知らないんだけど」
「貴様は知らなくとも、俺は貴様らを殺すのが仕事。これ以上の会話は、愚問愚答というものだ」
男はくぐもった声でそう告げると両手に三本づつ、計六本の短剣を持ち身構えた。こちらを睨め付ける双眸には、鋭い眼光が宿っている。
「これ以上の会話は無意味」と、その態度が示していた。
全身から解き放たれる気には、妙な威圧感があった。かなりの手練れなのかもしれない。
仮にこの男と真正面から戦ったとしても、私には全く勝ち目がないことを直感した。私は精霊石の嵌め込まれた左腕のブレスレットを強く握り締める。
(精霊術……何とか隙を作れないかしら)
こちらへ向けられる殺気から考えると、いつ攻撃をされてもおかしくはない。
人間相手に、しかもこんな街中であまり術を使いたくはなかった。が、この状況ではやむを得ないだろう。
しかし私が術文を口にする前にアレックスが先に動いていた。腰に下げていた長剣を引き抜くと、男に斬りかかっていったのだ。
刃と刃のぶつかる音がする。男がそれを右手に持っている三本の剣で受け止めた。
男は透かさず空いている左手でそれを繰り出してきた。それらを指の間に挟み込むと、モンク(格闘術士)などがよく使う武器「鉄爪」のように攻撃してきたのである。格好はモンクではないが、恐らくそれがこの男の武器なのだ。
剣はギリギリのところでアレックスの鼻先を掠めた。
が、それに気を取られていた彼の下半身はガラ空きだった。そこを蹴られ、背後へ吹き飛ばされる。
「風刃鋭鎌!」
私は男へ向けて鎌鼬を放つ。
だが。
「!?」
私は一瞬、自分の目を疑った。
彼は私の放った術を、両腕でいとも容易く振り払ったのだ。服には多数の切れ目が付いていたが、出血の様子は見られない。
「これで術士を名乗っているとはな。笑える冗談だ」
男は無表情な視線でこちらを一瞥したが、直ぐに剣を構えているアレックスの方へと向き直る。
私はその場で愕然としていた。
勿論男の他愛ない皮肉に傷ついたわけではないし、私自身が彼に対して怯えているわけでもない。
(術が……弱い!?)
私は魔物と戦闘する時のように、力を放出したつもりだ。だが今の攻撃力にはいつもの手応えがなく、殺傷能力が皆無なほどに弱かった。
男は私など見向きもせず、真っ直ぐにアレックスへと駆けていく。
「神撃水剣!」
アレックスは属性を剣へ付けると、迎え撃とうと身構えた。
私はその声で我に返り、続けて光弾を放った。
だが。
それは男に当たることもなく、勢いのないままでフラフラと地面へ落ちていくだけだった。やはりいつもの威力がない。




