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ゼロクエスト 〜第2部 異なる者  作者: 鈴代まお
第1章 暗殺者(エリス編)
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第13話 襲撃者

「見張られて……てあんた、只でさえ目立つんだから仕方ないんじゃないの」

 道行く人々――特に女性は擦れ違いざまに、必ずアレックスのほうを振り向くのである。いつも誰かに監視されているようなものなのだ。


「何を言うか。このように謙虚で人畜無害なこの俺の、何処が目立つというのだ」

 私の位置からでは背後にいる彼の表情は全く見えなかったが、声のトーンから察するに、恐らく心外だとでもいうような顔付きになっていることだろう。

 長身な上に美形である。ただそこへ佇んでいるだけでも目立たないはずはないのだが、本人にその自覚がないというのは恐ろしいことだ。


 しかし殺気というのは気になる。私には何も感じられなかった。とはいえその緊張感は、腕の中にいる私にも伝わってきていた。

 私は念のために意識を辺りに這わせてみる。

 刹那――。


 アレックスに抱えられ、私は一緒に奥へ飛んでいた。

 素早く体勢を立て直してその方向を見ると、短剣ダガーが三本地面へ突き刺さっている。私たちがさっきまで立っていた場所だ。

 疑問に思う間もなく、その上へ覆い被さるように黒い影が落ちてきた。


「逢い引きの最中に……よく俺の攻撃が躱せたな」


 唸るような声とともにゆらりと揺れると、それは細長く上へ伸びた。

 いや、よく見ればそれは影ではない。

 人間の男だった。


 全身黒いマントのようなものを羽織っている。頭は黒い短髪が覗いていたが、口元は隠すように黒い布で覆われていた。

 全身が黒ずくめで、見るからに怪しい格好だ。しかも今物凄く、的外れな独り言をぬかしたような気もするが、それに対して突っ込んで良い空気ではない。


「あんた一体、何者なのよ。何でいきなり攻撃してくるわけ?」

 私は何処にでもいる一般的な、ただの巡礼者だ。誰かに恨まれる理由など当然ない。

 だとすれば、狙いは一緒にいたアレックスなのか。それとも人違いで攻撃されただけか。


「答える義務はない」

「もしかして人違いじゃないかしら。私、あなたのことなんか知らないんだけど」

「貴様は知らなくとも、俺は貴様らを殺すのが仕事。これ以上の会話は、愚問愚答というものだ」


 男はくぐもった声でそう告げると両手に三本づつ、計六本の短剣を持ち身構えた。こちらを睨め付ける双眸には、鋭い眼光が宿っている。

 「これ以上の会話は無意味」と、その態度が示していた。


 全身から解き放たれる気には、妙な威圧感があった。かなりの手練れなのかもしれない。

 仮にこの男と真正面から戦ったとしても、私には全く勝ち目がないことを直感した。私は精霊石の嵌め込まれた左腕のブレスレットを強く握り締める。

(精霊術……何とか隙を作れないかしら)


 こちらへ向けられる殺気から考えると、いつ攻撃をされてもおかしくはない。

 人間相手に、しかもこんな街中であまり術を使いたくはなかった。が、この状況ではやむを得ないだろう。

 しかし私が術文を口にする前にアレックスが先に動いていた。腰に下げていた長剣を引き抜くと、男に斬りかかっていったのだ。


 刃と刃のぶつかる音がする。男がそれを右手に持っている三本の剣で受け止めた。

 男は透かさず空いている左手でそれを繰り出してきた。それらを指の間に挟み込むと、モンク(格闘術士)などがよく使う武器「鉄爪アイアンクロー」のように攻撃してきたのである。格好はモンクではないが、恐らくそれがこの男の武器なのだ。

 剣はギリギリのところでアレックスの鼻先を掠めた。

 が、それに気を取られていた彼の下半身はガラ空きだった。そこを蹴られ、背後へ吹き飛ばされる。


風刃鋭鎌ヴィン・シャル・クリン!」

 私は男へ向けて鎌鼬かまいたちを放つ。

 だが。


「!?」


 私は一瞬、自分の目を疑った。

 彼は私の放った術を、両腕でいとも容易く振り払ったのだ。服には多数の切れ目が付いていたが、出血の様子は見られない。

「これで術士を名乗っているとはな。笑える冗談だ」

 男は無表情な視線でこちらを一瞥したが、直ぐに剣を構えているアレックスの方へと向き直る。


 私はその場で愕然としていた。

 勿論男の他愛ない皮肉に傷ついたわけではないし、私自身が彼に対して怯えているわけでもない。


(術が……弱い!?)

 私は魔物と戦闘する時のように、力を放出したつもりだ。だが今の攻撃力にはいつもの手応えがなく、殺傷能力が皆無なほどに弱かった。


 男は私など見向きもせず、真っ直ぐにアレックスへと駆けていく。

「神撃水剣!」

 アレックスは属性を剣へ付けると、迎え撃とうと身構えた。

 私はその声で我に返り、続けて光弾を放った。


 だが。


 それは男に当たることもなく、勢いのないままでフラフラと地面へ落ちていくだけだった。やはりいつもの威力がない。

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