第12話 感じる気配
私とアレックスの向かう先は村の外である。
フィオス町方面の門は封鎖されており、その向こうでは討伐隊が戦っているはずだった。だから反対側――私たちがこの村へ入った道から外へ出るのだ。
昨日はそこから直ぐのところで魔物に遭遇した。その辺りならば修行するには十分だろう。
だが。
「門が閉まってる??」
閉じられた門の両脇には、騎士様が守衛として二人配置されていた。しかしアレックスは構わずに近付いていく。当然直ぐに呼び止められた。
「君たち、近付いてはいかん」
「何故だ」
「モンスター・ミストが出現したせいで魔物が集まってきていると、昨日団長が話していたのを聞かなかったのか?」
「でもそれは反対側なんじゃ?」
疑問に思った私は訊ねてみた。昨日の発表では、フィオス町間だけの街道を封鎖するという話だった。それなのにこの場所も同様に封鎖されるというのはおかしい。
「こちら側からも、魔物が徐々に集まり始めているとの報告がある。
それを受けてフィオス町方面だけでなく、この近辺一帯もモンスター・ミストが消えるまでは、一時的に封鎖することになった」
守衛は一旦言葉を区切ると、胡散臭いものを見るような目つきで私たちを見回した。
「何れにせよ、今外へ出るのは危険だ。デートをするのなら、この中ででもできるだろう」
「デ……!」
私はその言葉に絶句した。
私たちはどう見ても術士である。装備を外した普段の格好ならともかく、この姿でそんな侮辱を受けるのは心外だ。
私は反論しようと口を開きかけたのだが、ふとあることに気付いて下に視線を落とした。
先程混雑している温泉街を通った時、「また迷子にならないように」とアレックスが言ってきたのを思い出したのだ。そういえばその時から、手を繋いだままである。
(ん? あれ? この繋ぎ方って…)
それを見詰めながらここでまたもや、あることに気が付いた。それは彼が推奨してきた「指の外れにくい繋ぎ方」だったのだが。
(そういえばこの繋ぎ方って、確か別名が……)
! ―――カップルつなぎ!?
私は実際にやったことはなかったが、街中で仲睦まじいカップルたちがこんな手の繋ぎ方をしているのを見かけたことがある。かなりウラヤマ……いやいやいや、目に付いていたから憶えている。
そのことに気が付いた私は急に恥ずかしくなって、無理矢理手を振り解いていた。
「ん? 突然どうしたのだ?」
「な、な、なんでもない…わよ」
私は思わず動揺してしまった。当然である。
昨日もエドとこのようにして街中で、ずっと手を繋いで歩いていたのだ。そして今日はアレックスと。
こんな風に繋いで歩き回っていたら、術士のコスプレをしている、ただの間抜けなカップルにしか見えない。何故もっと早くに気が付かなかったのだろうか。
「やはりどうしても、外へ出してはもらえないのか?」
私が頭を抱え込み、門の片隅で小さくなって反省していると、アレックスのほうはまだ諦めきれないのか、守衛に食い下がっている声が聞こえてきた。
「あんたもしつこいな。団長からは、鼠一匹通すなという命令が下っている。もしどうしても外へ出たいというのであれば、討伐隊に参加するしかないな」
「! ……なるほど」
アレックスは何を思ったのか突然後ろを振り向くと、スタスタと反対方向へ歩き始めた。私は嫌な予感がした。
「アレックス……あんたまさか、討伐隊に参加しようなんて考えてないでしょうね」
「無論、参加する」
当然のことのように、きっぱりと言い放った。
やっぱり!
「昨日ディーンからは、あれほど駄目だって言われていたわよね」
「それは修行ができると仮定した場合の話だ。しかし今は状況が違う。外へ出られぬでは修行にならないからな。このままでは魔王を倒すどころではなくなってしまう」
「んな大袈裟な。出られないといっても、ほんの数日程度じゃない」
エドの話では、霧は約一週間程度で消えるらしい。討伐隊の編制時期から推測すれば、ここに足止めされるのは最低でも一~三日くらいのものだろう。
「たかが数日といえども、少しでも身体を動かさなければ感覚が鈍ってしまう。昨日は討伐隊へ参加することよりも、修行のほうを優先した。だがこの状況では参加しながら修行をする以外、道がないではないか!」
いつものように拳を握り、堂々と宣言した。
(アレックスって、修行のこと以外は頭にないのね。クソ真面目なのかただの馬鹿なのか、判断が難しいところだわ)
頭を押さえて呆れていると、アレックスが突然私を抱き寄せてきた。そして素早く建物の陰に連れ込まれる。
そこは表の通りとは違って薄暗く、狭い路地だった。建物間の隙間のような場所である。
「な……急にどうかしたの?」
後ろから抱き竦められた格好になっていたのでかなり焦っていたが、私は何とか冷静さを保ちつつ、警戒するように表通りを窺っている彼に向かって尋ねた。
「うむ。どうも昨日から誰かに見張られているような気がするのだ。それに今一瞬だけだが、殺気のようなものも感じられた」