第11話 それぞれの修行
ディーンと別れた私たちは結局朝まで、ギルド裏手付近の外壁に並んで座り込んでいた。
ギルドでは私の予想通り野営場所を提供していたが、それは討伐隊参加者用のもので、私たちのような不参加者は門前払いだったのだ。それで仕方なくこの場所で一夜を明かすことにしたのである。
周囲には私たちのような状況の旅人が、かなりいるようだった。皆一様に膝を抱え、通りの片隅で仮眠していた。
それらの殆どの者は私たちと同じように、水の社へ向かう修行中の旅人なのだろうか。私より明らかに歳の若そうな、弟のソーマと変わらないくらいの年頃の子供もいる。
「エリスさん~僕、待っている間に~温泉巡りがしたいのですが~」
「温泉? でも昨日は入れないかもって、言ってなかったっけ」
「混雑の予想はされるのですが~でももしかしたら入れるかもしれないので~その可能性にかけてみたくなりまして~。
それにこの村には~美声効果のある温泉もあるらしいので~どうしても入りたいのです~。
もし良かったらお二人も是非~ご一緒にどうですか~?」
エドが隣で、持っていた温泉マップをひらひらと動かしながら誘ってきた。
「温泉、ねぇ……アレックスはどうする?」
私が考え込みながらアレックスへ振ると、今まで瞑想していた彼は静かに目を開けた。
「俺は辞退する」
「え、どうして?」
「今の俺には他に成すべき事がある。このような時にこそ魔王を倒すべく、精神と肉体を鍛えねばならないのだ」
アレックスの言いたいことは何となく理解できた。
私も温泉はかなり魅力的であったが、この間に少しでも自身の鍛練を積んでおきたいと思っていたところだった。
「私も今回はパスするわ。今は温泉でのんびりするより、少しでも力を付けたいから」
「そうですか~それは残念です~」
エドは肩を落として名残惜しそうに温泉マップを眺めると、やがてのろのろと懐へ仕舞い込んだ。その表情はいつもと違って暗い。余程この村の温泉を楽しみにしていたのだろうか。
「それにしてもこの村には、美声効果のある温泉があるのね。道理でエドみたいな芸術士を、結構見かけると思ったわ」
今まで通ってきた町村でも見かけることはあったが、すれ違う確率はこれほど高くはなかった。
「そうなのですよ~。美声効果のある温泉というのは~世界でも珍しいのです~」
エドの話によれば、吟遊詩人の間ではここの温泉は有名らしい。
直接攻撃型の術士とは違う間接系の彼らは、いざという時のために仲間をサポートしなければならない。そしてそのためには常に、万全のコンディションを整えておかなければならないという。
だから彼のような巡礼者は、必ずこの温泉へ立ち寄ることが多いそうだ。
「もしかして芸術士の場合はそういうのも、修行の一環なの?」
「勿論です~。ただ温泉へ浸かるだけではないのですよ~。
喉を潰してしまったら~吟遊詩人としての生命も絶たれますし~体調を整えることもまた~鍛練なのです~」
世の中には多種多様の術士がいるように、それぞれの修行方法も当然異なる。エドも私たちと同様、修行目的で温泉へ行きたいのだ。私にはそれを止める権利がなかった。
「私たちはいいから、エドだけでも行ってきなさいよ」
「え、いいのですか~?」
「うむ、それもまた修行であるのなら、俺も構わないと思うぞ。ゆっくりしてくるといいのだ」
私たちの提案に、エドはしばらく迷っている様子だったが。
「分かりました~。アレックスさんやエリスさんがそう言われるのなら~お言葉に甘えさせていただきます~」
エドはいつもの陽気な表情へ戻りながら「皆さんとは夕方こちらで落ち合いましょう」と言うと、荷物を抱えて人混みの中へと消えていった。




