第10話 アレックスへの説得
「顔が?」と続けようとして止めた。
リアというのはアレックスの妹である。
今回私たちが行動を共にしている理由は、水の社へ行くついでに彼女にも会うためだった。彼らの故郷で考古学者をやっている彼女が、私たちに付けられた刻印のことも何か知っているかもしれないというのだ。
そんな彼女と、年齢が近いということぐらいしか接点のなさそうな私の、何処が似ているというのか。
しかもアレックスの妹ということは、かなりの美少女に違いないのだ。一度も会ったことはなかったが、似ているのが顔でないことくらいは分かる。
――と、自分で言っていて何だか虚しくなってくるが。
「似ているのはアレックスへの対応の仕方、とかかな。もっともリアの場合は素手じゃなくて、トマホーク(投てき斧)なんだけど」
「ト、トマホーク…??」
トマホークが重量のある武器だということは、私でも知っている。そのようなものを一体、どのようにして使用するというのだろう。それを投げられたら誰でも――例えアレックスといえども、確実に即死すると思うのだが。
「詳しいことはリアに会えば分かると思うが、そんなことより今は時間がない」
「そうなのだ。何故俺が討伐隊へ参加してはいけないというのだ。英雄たる者、民を守ることこそが義務ではないのか」
私が突き飛ばしたお陰で冷静になれたのか、先程の暴走モードから復活したようだ。ディーンは溜息を吐きながらも、アレックスの問いに答える。
「その理由か……原因はお前自身の能力にある」
「む、どういうことだ?」
「お前が精霊に与えられたという『精霊の加護』さ。それには魔物の術攻撃を防御する能力があるだろ」
『精霊の加護』というのは、対魔族用として選ばれた英雄にのみ精霊が与えた防御能力らしい。
普通なら精霊術士でもない限り防御術は使えない。しかしその能力を得たアレックスは剣士でありながら、術文や精霊石も使用せずに魔物から受ける術攻撃を防御できるのだ。但し物理攻撃は防げないという欠点がある。
そしてこの能力にはもう一つ弱点があった。
「だが逆に人が使う術にはかかりやすい。例え弱い術をかけられた場合でも、他人の倍以上の効力でかかってしまう」
「それは知っているぞ。だから何だというのだ?」
「まだ分からないのか? 人間の術攻撃をまともに喰らったら、お前は確実に即死なんだぞ」
「何故俺が人に攻撃をされるのだ? 俺は魔物ではなく同じヒトではないか。恨まれる憶えもないぞ」
「いや、そんな意味じゃない。
討伐隊というのは様々な術士たちが集まった、あまり統率が取れているとは言い難い寄せ集めの集団だ。今回は特に一つの部隊で人数も多く投入されるだろうし、乱戦も予想される。その時に術士の攻撃が、うっかり当たってしまうことだってあるだろ」
「うっかり? ……避ければいいのではないか」
「簡単に避けられればいいが、乱戦時には確実に避けられるとは限らないんだよ。
お前はまだ経験がないから分からないだろうが、敵に囲まれた場合、皆他人のことなんかを気にしている余裕はないのさ。気を抜いた時点で殺られるからな。
相手が敵じゃないとしても、誤って味方から攻撃をされてしまうことだってある」
私にもまだそのような経験はない。しかし父からは戦場とはどういうものなのかを、色々と聞かされていたから何となく分かる。
アレックスは顎に手を当てて宙を見詰め、考え込んでいる様子だった。
「誤って? そのようなことがあるのか??」
「皆、自分を守ることに必死だからな。冷静さを欠くことだってあるんだ。
思い掛けない者に攻撃されたら誰だって、一瞬の判断力が鈍るだろ。流石のお前でもそんな時には、完全に避けられるとは思えないのさ。しかもお前の場合、掠っただけでも即死にはなるだろうし」
(掠っただけで即死?)
ディーンは一見尤もらしいことを言っているようだが、この前の洞窟での出来事を考えれば、掠っただけでは即死にまで到らなかったと思う。私がアレックスに痺れを感じる程度の弱い術をかけた時には、目を覚ましただけで死ぬようなことはなかったし。
しかしエドはこのことに気付いていないのか、追い打ちをかけるように口を挟んだ。
「そうですよ~アレックスさん~。貴方がここで死んでしまったら~一体誰が魔王を倒すというのですか~?」
「ま、そういうことだ。この戦いは俺たちを信じ、任せてほしい。
今お前に死なれたら世界の……いや、この世の森羅万象生きとし生けるもの全てに対しての、莫大な損失になってしまうからな。
この前も言ったように今のお前は、己を鍛え直す時期なんだ。自分が『英雄』だという自覚を持て。それが一番だ」
ディーンの言葉でアレックスは、まだ何かを考え込んでいる様子だったのだが。
「成る程、言いたいことはよく分かった。どうやら俺には、英雄としての自覚が足りなかったようだな。今回は君を信じて身を退こう」
ようやく折れてくれた。
(アレックスを説得するのって、凄く疲れるわ)
私が説得したわけではないが、この遣り取りを見ているだけでかなり疲れてしまった。ディーンはなんて忍耐強いのだろう。尊敬してしまう。