矜持を貫く吾輩
吾輩は猪である。
猪突猛進などという、いささか雑な言葉で説明されるのは本意ではない。吾輩はただ、一度定めたことを曲げぬだけである。志に向かって真っ直ぐ進むことを、人が勝手にそう呼んでいるにすぎぬ。
近頃、山はめっきり実りが悪い。
落ちた木の実は少ない。掘っても乏しい。鼻先で土を返してみても、腹にたまるものはなかなか見つからぬ。吾輩だけなら、まあよい。多少ひもじくとも、風格で補えぬことはない。だが、家族はそうもいかぬ。
小さな鼻が、夜ごと土を探る。
短い足が、あちこち駆け回る。
それでも見つからず、子らは眠る前に小さく鳴く。
あれは、いかぬ。
伴侶が言った。
「隣の山は、まだあるらしいよ」
まだあるらしい。
その、らしい、というところが気に入らなかった。あるのか、ないのか、どちらなのだ。だが、ないと決まったわけでもない。
子の一頭が言った。
「おなかすいた」
それで十分であった。
吾輩の家族がひもじい思いをしている。
その事実がある以上、吾輩は鼻先を丸めてうずくまっているわけにはいかぬ。隣の山が豊かだというのなら、行って確かめればよい。もし行く手に道がないなら、切り開けばよい。それだけのことである。
伴侶は、吾輩を見て少し目を細めた。
「あなたなら、行けるでしょう」
困るのである。
そういうふうに、さも当然のように言われると、こちらも当然のように行かねばならなくなるではないか。無論、吾輩ははじめから行くつもりであった。あったのだが、そこへきて行けるでしょうと重ねられると、ただの決意が少々立派な使命に育ってしまう。これはたいそう困る。しかし悪い気はしない。
吾輩は鼻を鳴らした。
いかにも、任せておけ、という鳴らし方であったと思う。
こうして吾輩は、山を下りることにした。
言っておくが、これは無鉄砲ではない。計画的前進である。目的地は隣の山。その途中に人里があろうが、川があろうが、気にする必要はない。見えているのは先だけである。途中のものに心を乱されるようでは、家族を背負う者とは言えぬ。
出立の朝、子らはまだ眠たそうな顔をしていた。
伴侶だけが起きて、吾輩を見送った。
「気をつけてね」
気をつける、というのは曖昧でよろしくない。どこに、どれほど、どう気をつけるのか。そういう細部は、出立の場には似つかわしくない。もっとこう、堂々と背を押すような言葉がほしいところである。だが、そのあとに続いたひとことは、なかなかよかった。
「でも、きっと大丈夫だよね」
困るのである。
きっと大丈夫。
実に根拠の薄い言葉である。だが、根拠が薄いくせに力だけはある。言われた側が、その気になってしまう程度には。
吾輩は胸を張った。
張ったところで胸の厚みが急に増すわけではないが、気分の問題である。ともかく、たいそう頼もしい後ろ姿になっていたはずだ。少なくとも吾輩の認識ではそうである。
山を下りる道は、思ったより急であった。
いや、急なのは知っていた。知っていたが、木の根は滑るし、石は転がるし、朝露はやけに足元を惑わせる。これは山が悪い。吾輩ではない。
一度、小枝を踏み抜いて派手な音を立てた。
実に遺憾である。静かに、しかし威厳を保って進むつもりであったのに、ばきり、である。ばきりでは締まらぬ。
だが、そこで立ち止まってはいけない。
立ち止まれば、今のばきりを反省する時間が生まれる。反省はときに歩みを鈍らせる。今の吾輩には不要である。
やがて木々の気配が薄くなり、土の匂いに別のものが混じりはじめた。
人里である。
人里というところは、どうにも落ち着かぬ。
妙に四角い。妙に整っている。獣が通るために作られていないものばかりで、いちいち趣味が悪い。地面は硬いし、草は短いし、風までよそよそしい。
だが、吾輩は脇目を振らなかった。
畑らしきものも見えた。何やら青々したものが並んでいた。だが吾輩の興味はそこにはない。目的は隣の山である。腹を満たすために道を外れるようでは、かえって矜持が傷つく。吾輩は家族のために進んでいるのであって、つまみ食いのために下りてきたのではない。
むろん、少しはよい匂いもした。
したが、それだけである。
鼻が利くからこそ分かるのだ。あれこれに気を取られていては、最初の志が濁る。吾輩はそういう猪ではない。
遠くで犬が吠えた。
まことに無礼である。まだ何もしていない相手へ向かって、あれほど自信たっぷりに吠えられる神経が分からぬ。吾輩は堂々と歩いているだけだというのに。
さらに進むと、道の向こうで人が二人、何やらこちらを見て固まった。
「うわっ」
「でかい」
でかい、とは失敬な。
せめて雄々しいとか、威風堂々とか、もう少しましな言いようがあるだろう。第一、驚くほどのことではない。吾輩が吾輩としてそこにいる。それだけである。
もっとも、ここで腹を立てて進路を乱してはつまらぬ。
目的は隣の山。人の感想にいちいち付き合ってやる義理はない。吾輩は鼻息ひとつで小さく威厳を示すにとどめ、そのまま通り過ぎた。
背後で、
「まっすぐ行ったぞ」
という声がした。
その通りである。
まっすぐ行くに決まっている。
むしろ、まっすぐ行けぬ理由がどこにあるのか。途中に何があろうと、目指す先が変わらぬなら、歩みも変える必要はない。そうした一貫性こそ、吾輩の矜持である。
やがて川に出た。
思っていたより広い。
思っていたより冷たそうである。
そして思っていたより、向こう岸が遠い。
ここで吾輩は、少しだけ考えた。
少しだけ、である。
引き返すかなどという軟弱なことではない。どう渡れば最も華麗かを考えたのである。
家族のために山を越える猪が、川べりでうろうろしていては格好がつかぬ。かといって、やみくもに飛びこめば流れに笑われる。ここは落ち着いて、水の筋を見きわめ、いかにも予定通りであるという顔で渡るべきだ。
吾輩が川面を見つめていると、対岸の石の上で一羽の鳥が鳴いた。
たいへん腹立たしい鳴き方であった。まるで、まだいるのか、とでも言いたげである。
困るのである。
そういう、さりげなくこちらの意地をつつくような気配には弱い。吾輩は別に、鳥に急かされたから渡るのではない。ないのだが、なんとなく即座に渡らねばならぬ気になるではないか。
吾輩は鼻を鳴らし、水へ入った。
冷たい。
実に冷たい。
冷たいが、いちいちそういう顔をしていては見苦しい。吾輩は水を切った。切ったつもりであった。しかし実際には、切るというより、押されつつ進んだ感もなくはない。川というものは、思ったよりこちらの都合を聞かぬ。
半ばで足を取られ、少しよろけた。
誰も見ていないことを祈りたいところである。
だが、祈る暇があるなら進んだほうがよい。吾輩は体を立て直し、いかにも最初からそのつもりでしたという顔で水をかいた。
やがて鼻先が石に触れた。
対岸である。
吾輩は水から上がった。
その瞬間だけは、少し胸を張ってもよかったと思う。実際、なかなかのものであった。足元は濡れ、毛並みもいささか乱れていたが、そんなものは本質ではない。渡ったという事実こそが重要なのだ。
そこから先は、もう山の匂いがした。
草の匂い。
土の匂い。
風の匂い。
そして、たしかに実りの気配があった。
吾輩は足を速めた。
疲れがなかったわけではない。山を下り、人里を抜け、川を渡ったのである。むしろ大いに疲れていて当然であろう。だが、ここで足を緩めるのは違う。豊かさが近いのなら、なおさら早く辿り着かねばならぬ。
斜面を上りきった先に、木の実の落ちる音がした。
ひとつ。
ふたつ。
それから、土を探ればまだまだ出るという確信。
なるほど。
隣は豊かであった。
吾輩はそこでようやく、深く息を吐いた。
無論、安堵でへたりこんだわけではない。景色を検分するために、ややゆったりと立ち止まっただけである。だが、もしその場に伴侶がいたなら、たぶん少し笑ったであろう。あなた、ずいぶん必死だったね、と。
必死ではない。
断じてない。
吾輩はただ、家族がひもじい思いをしているのを許せなかっただけである。
とはいえ、思い返せば少々、いやかなり、無様なところもあった気はする。山道では枝を踏み抜き、人里ではでかいと言われ、川ではよろけた。もしこれら一部始終を誰かに見られていたなら、吾輩の威厳も多少は傷ついたかもしれぬ。
だが、それでよい。
道中がどれだけ不格好でも、進むべき方へ進んだことに変わりはない。
笑われようが、驚かれようが、足を滑らせようが、止まらずにここまで来た。
それで十分である。
吾輩は鼻先で土を返した。
豊かな匂いが立つ。
これなら持ち帰れる。これなら家族が腹を満たせる。
まことに結構。
どれだけ無様を晒そうと、吾輩は吾輩の矜持を貫くのだ。家族のひもじさの前で、立ち止まってなどいられない。これは吾輩にとって、とても大事なことである。




