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世界の全てを旅してしまったから、人の夢の中を旅する事にしました。

掲載日:2026/10/10

旅行が趣味だった。先祖代々大金持ちで、人生何周も出来る程、お金もあった。

そのせいで、25歳になる頃には、行ける所全てを回ってしまった。


有名な観光地なんで12歳には回り切ったし、ジャングルの奥地や、火山、南極にも行った。ポイント・ネモにも行ったし、インドのセンチネル島にも行った。最後の2つは、死ぬほど怒られて、捕まりそうになったけれど、それは金で何とかした。


しかも、困った事に、だ。

天才だった私は、一度見た出来事や、起こった出来事は、完璧に記憶する事が出来て、その上いつでも思い出せた。だから、同じ場所にもう一度行った所で、まるで楽しくない。


だから、困った。今の技術では、宇宙の果てまでは行けないし、深海もたかが知れている。もし天才である私が、化学技術の発展に寄与し、より宇宙の遠く、深海の底に行けるようになったとしても、予算や準備期間を考えると、精々行く事が出来るのは一度や二度だろう。何十年もかけて、一度や二度。まるで手間に見合っていない。


だから、私は考えた。まだ行った事のない場所に行くには、どうすればいいのか。その結果、『人の夢に入り込めばいい』と気が付いた。


人類は80億人いるわけだから、それが可能になれば、80億も行ける場所が増える。私の一生では、回り切れない。しかも、人の夢に入る方法さえ見つけてしまえばいい。大変効率がいい。


と、いうわけで、私は2年かけてその機械を発明した。それが、今目の前にあるこの機械。『夢で逢えたら2号』だ。別に1号はない。



簡素なベッドに、よくSFで洗脳する時に被らせるような、コードがたくさん生えたヘルメット。『時計じかけのオレンジ』に出てくる、ルドヴィコ療法をイメージしてくれればいい。勿論、夢の中に入る機械だから、あれと違って眼球は開いたままにはならないが。とにかく、あんな感じのヘルメットに、電源のオンオフ機能のみの、簡素なリモコン。


使用方法は簡単。ヘルメットを被り、リモコンを押して電源を入れる。すると自然と眠くなってくるので、そのまま目を瞑ると、ヘルメットと繋がっているアンテナが、人が睡眠時に発する微弱な電波をキャッチして、そのまま私の精神を夢に送り込む、という仕組みだ。


帰る時は、夢の中でもリモコンを持っているから、それをオフにする。それだけ。


残念ながら、まだ日本国内にしか電波は届かないが、それでも一億以上もの場所に行ける。これを作るのに、全財産の9割以上を失い、ついでに親族からは縁を切られ狭い1DKに引っ越したが、まるで後悔はない。それどころか、まだ世界に一つしかない、夢に入る事が出来る機械を独占できると言うのは、他の全てを投げ出す価値があるようにすら思えた。



部屋の時計が22時を回り、昼とは違う、しーんとした空気が部屋に満ちる。私はいつものように電気を消して、ヘルメットを被り、機械の電源を入れた。何度やっても高鳴る胸とは裏腹に、瞼は段々と重くなり、目を瞑る。今日は、どんな人の夢に行くことが出来るのだろう。まだ目的地不明の旅を、今か今かと待ち望むと、意識は徐々に遠くなっていきーーー。




◆◇◆◇◆◇




気が付くと、周囲は白いモヤのようなものに満ちた道路だった。街灯は少ないが、LEDライトのような白い光が世界を照らしている。どうやら昼間らしい。田舎道で、車の通りが少ない割に、やたらと道幅が広いので、どうやらこの夢の主は、子供のようだ、という事が分かった。子供に見る夢は、何かと大きい事が多い傾向にある。



私は周囲を見回して、この夢の主を探した。夢の世界では、主の周囲でしかイベントは起きない。彼から離れてしまうと、ただ無の空間を彷徨う事になってしまう。


すぐに、夢の主は見つかった。というのも、巨大なゴジラのような怪獣と闘っているようで、その轟音と、スケールの大きさから、見落としようがなかった。


ここから数百メートルは離れていそうだが、夢の中なので、膝を曲げて反動をつけると、高く飛び跳ねて、一足飛びでその現場までたどり着く。案の定、夢の主は子供だった。小学校高学年か、精々中一だろう。短い手足を、一生懸命に動かして怪獣を殴ったり蹴ったりするが、怪獣は、大して怯んでいない。だが、反対に怪獣が反撃で少年を踏みつぶそうとしても、不思議な事にするりと避けてしまう。それが、奇妙で、私はしばらく、上空に浮かびながら、ぼーっと見ていた。



「おっさん、誰!?」


町内放送のような大きな声が響いて、私は耳を塞ぐ。怪獣はいなくなり、少年は私を警戒したように見ていた。


慣れから来る慢心か、少年に気付かれてしまった。これは、不味い。


というのも、実験段階から分かっていた事ではあったが、夢の主に認識されると、私が夢と完全に同化してしまうリスクがあった。夢と同化してしまうと、夢から抜け出せなくなる。


ただ、あくまで『リスクがある』というだけで、完全に夢から抜け出せなくなることが確定しているわけではない。確率にして、15%ほどだ。だから、この機械は他では作られなかった、という訳なのだが。とにかく、今まで何度も夢の中に入ってきたが、今まで一度も直接夢の主に接触したことは無かった。


かといって、今ここで電源を切り、無理矢理抜け出すのも良くない。認識されると、夢と深くつながってしまうので、私の精神の一部が、このままこの夢に残ってしまう可能性が高い。確率にして、80%程。


だから、気付かれてしまった以上、自然と少年とお別れをして、そのままフェードアウトするのが一番安全だ。意識から逸れれば、私は関係のない存在として、消える事が出来る。先程の、怪獣のように。


それに、考えてみれば、旅の一番の楽しみは、現地の人との交流だ。それに危険が付き物だなんて、今までの旅と同じことじゃないか。上空からゆっくりと降下し、少年の目の前に立って、作り笑いを浮かべた。


「やあ、こんにちは。実は、観光に来ているんだが、どうやら道に迷ってしまったみたいだ。」


少し芝居臭いか、とは思ったが、夢の中だし、相手は子供だ。些細な事など気が付かないだろう、と高を括っている。


「そうなんだ、こんな田舎に?」


「いいところだよ、ここは。」唯一無二だ。君の夢の中なのだから。と、そこで私は、少し賭けに出てみる事にした。


「良ければ、ちょっと案内してくれないかな?」


どうせ気付かれてしまったんだ、このまま少年に案内してもらった方が、楽しめそうだ。いい加減、眺めるだけの夢の旅は、少しマンネリしてきている。全財産の9割も失ったのに、だ。


「うーん。……まあ、いーよ、暇だし。おっさんは、どういう所に行きたいの?」


渋々、という様子だが、一応OKは出た。改めてそう聞かれると、別に何処に行きたいとかがある訳ではないし、そもそもどこに何があるのかすら知らない。


「君が普段行く場所を、教えて欲しいな。」


なので、私はそう答えた。少年は少し考えるようにした後、「そしたら、駄菓子屋行こ!」とハツラツに答え、私の手を引く。景色は後ろに流れ、目の前に駄菓子屋が現れた。


木とトタンで出来た、昔ながらの造りの駄菓子屋。私の子供時代ですら見た事のないその建物に、思わず少年を2度見する。


「……ねえ、君、何歳?ていうか、何年生まれ?」


「え?昭和34年生まれの、12歳だけど。」


「あぁ〜……そう、なんですねぇ……。」


以前、聞いた事がある。認知症の患者は、子供の頃の夢を見る事があると。恐らく、この夢もそうなのだろう。考えてみれば、出てきた怪獣も、どこか懐かしいデザインだった。悪し様に言えば、古めかしい、という事も出来るが、まあ、そんな事はどうでもいい。


つまり私は、昭和40年頃に来ているわけだ。過去に行く技術はまだないが、夢の中でなら、過去を旅する事も出来る。私は更なる胸の高鳴りを感じた。



「おばちゃん、これちょーだい!」


「はいよぉ。おつり20円ね。」


さくら大根を2個手に持って、彼は置物みたいなおばあちゃんに小銭を渡す。


「これあげるよ。」


そのうち一個が私に差し出されて、「あ、ありがとう」と受け取る。『ヨモツヘグイ』と言う言葉もあるのだし、これを食べていいのか分からなかったので、バリバリと心地いい咀嚼音を立てる彼を尻目に、袋を開けて食べるふりをして、彼から死角になっているベンチの下に投げ捨てた。



「ここ、よくよっちゃんと来るんだ!学校の帰り道にあって、便利なんだよ!」


「へえ、そうなんだ。確かに、こういう懐かしい感じの駄菓子屋が帰り道にあるのはいいね」


いかにも、昭和レトロって感じだ。実際、昭和のレトロな思い出でもある。


「懐かしいって、何が?」


「あ、いや……。おじさんも、昔こういう駄菓子屋に行っていたんだよ。」


「ふーん。そうなんだ。」


何か私の態度に違和感を感じたようだったが、特に怪しむという様子ではない。夢の世界だ。多少の疑問は、問われないのだろう。


気が付くと、その子は飴を口にしていた。渦巻き状の模様が描かれた大きな円形の棒付きキャンディは、ノスタルジーが味わい深く、自他ともに認める少年時代の思い出だろう。還暦を超えてから、過度な糖分は美代子さんの禁足域なのだから、男子厨房に入るべからずだ。



どこか遠くから、蝉の鳴く音が聞こえて、在りし日の思い出が肌に刺さる。噴き出す汗はサウナ後のものとは違うが、どこか爽やかな浴び色のその方は、今にも冷たいラムネを求めるようだった。


「おばちゃん!これを、毎日のように私は飲んでいた。蓋を開ける時、『からん』とビー玉が落ちるのってやっぱり夏の思い出!


「……ん?」


おかしい、と気が付いたのは、その時だった。情景以外に、彼の深層心理なのか、無軌道な思考が私にも共有されている。彼の言葉も、どこかおかしい。思考なのか、言語なのかすらあやふやだ。


気が付くと、景色も変わっていた。懐かしい駄菓子屋は崩れていき、空と地面の境界があいまいになった通学路は、畳とかびたような匂いが混じる。夢の世界と自覚しているのは、今日もヘルパーさんに当たってしまった痴呆とも感情の抑制が効かないとも分からない暴走機関車とも違う工場勤務は、長い事立ち上がる事すら遠い羨望だった。



「ごめん、駄菓子屋に案内してくれてありがとう。そろそろ私は行くよ。」


「え?別れは慣れるものだけど、自我忘却はゆっくりとでも身体を動かすのが予防になるよ?」


彼の言葉は理解できないのに、意味だけが理解を妨げない。この境界の自覚が無くなった時、私の根源はこの思い出を忘れられないのだろう、という確かな焦燥があった。


「でも、もう下校時間だ。飽き性の私でも、代えがたい経験は人生の一幕だ。再訪は盲亀浮木を神が許すなら。」


それは四方に広がって、進む足は前を見ていた。呆然とする彼は、一抹の明日に対する感情を、今日も感じるようにしていたが、その場に留まる事は、停滞ではなく自らの欲求を照らす物だった。



掻くように進む足は、溺れる無様であったが、天と地が歪むのを、メビウスの輪に例えたとて、そこに永久機関は存在しない。エンドノートが遠ざかると、情景はノスタルジックなものへと戻っていった。



再びだだっ広い道路に出ると、彼の姿は見えない。


振り返るが、駄菓子屋の欠片すら、私からは見えなかった。きっと彼は、あの駄菓子屋で、友人との思い出を過ごしているのだろう。


だが、そんな感慨に浸る余裕はない。ただでさえ夢に取り込まれそうになったのだ。貴重な経験ではあったが、二度とここから出られないのはごめんだ。


想定より短い旅となったが、それも仕方がない。すぐに電源を切り、この夢から出る事にした。


リモコンは、ちゃんとズボンに入っていた。夢と同化しそうになった時、間違って落としていないか、少し不安だったが、とりあえずは、一安心だ。


私はオフのボタンを押すと、今度は徐々に身体が上に引っ張られるような感覚となりーーー。



◇◆◇◆◇◆




「ーーーハァっ!!……はぁ、はぁ……。」



上体を跳ね起こすと、眠った時と同じ、簡素な1LDKの部屋だった。良かった、夢の世界から、帰ることができた。


死にかけるのは一度や二度ではないが、流石に今回のは、肝が冷えた。いい加減、安全面を見直す必要があるな、と深くため息をついて、カーテンを開けた。


すっかり日は昇り、ラピスラズリとエメラルドが天蓋のようなオーロラに踊る。石の輝きは幻想的な協奏曲ではあるが、原石の剥き出しのエネルギーに比べて些かお嬢様すぎる。


もう、今日は深く座る椅子。幕間は生存の為の時間でもあり、純粋に演劇を楽しむためのコンテンサスでもある。台所から、ミシガン州を取り出してーーー。



「……あれ?」



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