殿下は、わたくしに死ねとおっしゃっているのですね?
「エリサ・ヴァンハネン、僕は君との婚約を破棄する。君は学園に通う平民を見下し、庶子だからと、この可憐なマデリーを執拗に虐めていたな。その度量の狭さ、未来の王妃には相応しくない!!」
卒業パーティでの婚約破棄宣言に周囲はざわめく。
というのも、既に愚行として過去の前例があるからだ。
一応は王太子であるところのアーモスも、歴史で学んでいるはずなのに、と呆れた眼差しが注がれている。
しかし、ヴァンハネン公爵令嬢の次の言葉は、そんな呆れなど吹き飛ぶほどの衝撃を周囲に与えた。
「──なるほど。殿下は、わたくしに死ねとおっしゃっているのですね?」
エリサは至極冷静にそう言ってのけた。
アーモスの言葉を否定するでもなく、認めるでもなく。
「い、いや、王妃に相応しくないとは言ったが、別にそこまでは…」
優柔不断でどちらかと言えば気弱なアーモスは、途端にうろたえる。
周囲の貴族は、王太子の隣で震えているマデリーなる令嬢にそそのかされたのだろうなと当たりを付けた。その認識はたぶん間違っていない。
「わたくしは既に王妃教育を終えています。この段階での婚約破棄は、毒杯を呷げと同義です。つまり、わたくしの死を望んでいらっしゃるということでしょう?」
対するエリサは自らの生死がかかっているというのに、少しの動揺も見られない。
自分の命すら、駆け引きにできる強さに、むしろ周囲は感心した。
上に立つ者はこうでなくてはと。
そもそも、王族としてもいまいち不安の残るアーモスの補佐として、選ばれたのがエリサなのだ。
「いやその…」
先ほどの威勢はどこにいったのか、もごもごと不明瞭な言葉を発する王太子に、期待していたわけではないが失望までなかった同期たちも、無言で首を振った。
だめだこいつと、声に出さずに語り合っていた。
「アーモス様、エリサ様はわたしを虐めてたんですよ! 謝っていただければそれで…!」
なかなか話が進まないことに焦れたらしいマデリーが口を挟む。
そこでようやく本題を思い出したらしい。
「あ、ああそうだ! エリサ、まずは謝罪を、」
「虐めと言われましたわね、マデリー嬢、でしたかしら? もし仮にわたくしが虐めをしていたというなら、何故あなたは五体満足でいられるのですか?」
アーモスの言葉に被さるようにエリサが問うた内容に、マデリーは意味が分からないという顔をする。
「わたくしが本気で目障りだと思って手を下していたとして、何故あなたは無事でいられるの?」
心底不思議そうに言うエリサ。
周囲は、そりゃそうだわなと頷いている。
公爵令嬢が本気になれば、いや本気になる前に、このマデリーという令嬢は実家ごと消えているだろう。人知れず。
マデリー?そんな子いたっけ?くらいまである。
「ご実家は、子爵家でしたわね? お父様とお母様も生きていらっしゃるでしょう?」
「あ、当たり前、です! なんてひどいことを…!」
「あなたが言ったのですよ? わたくしから虐めを受けている、と」
マデリーはあまりのことに二の句が継げない。
そんな令嬢を置き去りに、エリサは周囲を見渡し、問いかける。
「さて、皆さま。マデリー嬢の身体のどこにも欠損はなく、無事に生きている。ご実家も無事。それでわたくしが虐めを行っていたと、王太子殿下の言葉を信じる方はいらっしゃいますでしょうか?」
誰からも声は上がらない。
この場には、同格の公爵家令息もいれば、敵対派閥もいる。
それでも、声は上がらなかった。
「賢明なる皆様に感謝を。そして、自分の発言の重みを理解せず、わたくしに死を要求した王太子殿下ですが」
くるりと振り返ると、アーモスは肩を強張らせた。
「わたくしに冤罪をかけてまで廃嫡になりたかったということですね? 国王になる重責に耐えられず、継承権を放棄すると」
こんな遠回しに仕掛けずとも、国王陛下に進言しましたのに。
「違う! 僕はただ…」
「大丈夫です。お気持ちは十分理解しております」
さあ、共に王城に参りましょう。
そう言ったエリサに引きずられる形で、卒業パーティは幕を閉じた。取り敢えず2人だけは。
それから、エリサの説得力ある語りにより、無事にアーモスは廃嫡に。
その場にいた宰相によると、元王太子殿下は泣いて感謝していたという話だった。
ちなみに、マデリーは実家ごと行方が分からなくなったとか。
了




