護衛のいらない最強王女に、それでも仕える理由
王城の裏庭に訪れる夕暮れの静けさを破るのは、いつだって彼女の軽快な足音だ。
「リーゼ様……またですか」
庭園の見回りをしていた俺は、溜息とともに愛剣の柄を指で弾く。
「あら、見つかっちゃった? グレンは、本当に鼻が利くのね。猟犬の血でも混じっているのかしら?」
豪華な室内着の上に、どこで調達したのか粗末な旅人のマントを羽織った少女は、悪びれもせずに微笑む。
この国の第一王女、リーゼレッタ・フォン・アストレア殿下。民からは“太陽の姫君”と称えられている。
陽光を溶かしたような金髪と自由を愛する空色の瞳。
彼女こそ、俺が命を賭して守るべき唯一の主君だ。
「第一王女ともあろうお方が、窓から脱走するのが日課だなんて。陛下が知れば今度こそ寝込まれますよ」
「お父様なら大丈夫よ。それよりグレン、今日は東の下町へ行くわ。面白そうな噂を聞いたの」
リーゼ様はそう言うなり、俺の返事を待たずに軽やかな足取りで城壁を越えていった。
俺は、幼馴染でもあるこのお転婆な姫様の背中を追いかけながら、心の中で二度目の溜息をつく。
俺とリーゼ様は、物心がつく前からの付き合いだ。
騎士団長の息子として生まれた俺は、彼女の遊び相手兼、将来の護衛として育てられた。
幼い頃は、共に練兵場を走り回り木剣を振り回した。
その頃から彼女は規格外だった。
華奢な体つきからは想像もできない剛胆な剣筋、底知れぬ魔力、そして常軌を逸した身の軽さ。
リーゼ様は誰よりも高貴な美しさを持ちながら、誰よりも戦士としての才に長けていたのだ。
本当は、彼女に護衛など必要ない。
リーゼ様の細い腕から繰り出される一撃は岩を砕き、放たれる魔術は宮廷魔導師すら跪かせる。
それでも俺は彼女の隣に立ち続け、苦言を呈する存在でいたいのだ。そんな感情は、おくびにも出さないが。
そのために俺は死に物狂いで剣を磨き、どうにか護衛の地位を守り続けてきた。
「グレン、顔が怖いわよ? 楽しい祭りの前日なのに」
「………仕事中ですから」
下町の雑踏に紛れながら、リーゼ様はダンスでも踊るみたいに俺の腕を引いた。
今日の目的地は、下町の外れにある廃倉庫。
最近、身寄りのない子供たちが次々と消えているという噂の出所だ。調査の結果、そこは違法薬物や奴隷売買の拠点となっていることが分かった。
「私の国に涙を流す子供は不要よ。不届き者には少し、お仕置きが必要よね?」
リーゼ様の瞳が冷徹な支配者のそれに変わる。
倉庫に着くなり、彼女は正面の扉を蹴り破った。
「御免あそばせっ」
「な、なんだ!?………ガキと、騎士?」
中にいたのは、見るからに品のない荒くれ者達。
奥の檻には、怯えた子供達が押し込められている。
「グレン!」
「仰せのままに」
俺は抜刀して一気に踏み込んだ。
自分の役割は、なるべく彼女の手を汚させないこと。
一閃。先頭の男の武器を弾き、峰打ちで沈める。
剣がぶつかり合う甲高い音が倉庫内に響く。
二人、三人、四人……俺の剣は、彼女を守るためだけに磨き上げたものだ。
リーゼ様もまた、マントを翻しながら拳で大男をなぎ倒していく。その動きはまるで舞踏のようだ。やはり、俺の出る幕はない……そう、安堵した瞬間だった。
⸻ガシャン!
倒したはずの男が、床に紫色の小瓶を叩きつけた。
直後、不気味な煙と甘い匂いが辺りに充満する。
「くそっ! 毒か?」
「違うわ。これは、神経を麻痺させる禁薬よ!」
視界が歪み、身体が鉛のように重くなる。どうやら、魔法強化も遮断されてしまったらしい。
「へひひっ、騎士様が形無しだなぁ?」
奥にいた男達が、ここぞとばかりに剣を振り上げる。
しくじった……俺の失態だ。主君を守るべき護衛が、足手まといになってどうするっ!
⸻その瞬間、視界を黄金の閃光が突き抜けた。
「私の騎士に触るな」
低く、背筋が凍るような声。
「な、なんだ……このガキ……化け物かっ!?」
男たちが腰を抜かす。
リーゼ様は一歩も動かず、ただ軽く指を振った。
それだけで、不可視の衝撃が男達を吹き飛ばし、一瞬で意識を刈り取った。
圧勝。彼女一人で十分だったのだ。
俺がいてもいなくても、たぶん結果は同じだった。
数分後、駆けつけた騎士団に事後処理を任せ、俺達は城へ続く裏道を歩く。
男達を壁に叩きつけた彼女の横顔は、神々しいまでに美しく、そして……とても遠かった。
自分の知らない場所に、たった一人で行ってしまうような、そんな恐怖が胸をよぎる。
「ごめんなさい、グレン。私の読みが甘かったわ」
リーゼ様はいつもの明るい調子で話しかけてくるが、俺は顔を上げることが出来なかった。
「………いえ、自分が未熟なだけです。姫様をお守りする立場なのに……結局、助けられてしまった」
「グレンが守ってくれたから、私は落ち着いて魔力を練ることが出来たのよ?」
「気休めはやめてください。俺は、貴女の足元にも及ばない。護衛の資格だって、本当はないのです……」
自分への苛立ちのあまり、思わず口にしてしまった。
こんな言葉を漏らすなんて最低だ。
城の自室に戻り、重い鎧を脱ぎかけたところで、不意にノックの音が響いた。
現れたのは、着替えを終えたリーゼ様だった。
その手には紙で巻かれた小さな包みがあった。
「はい、これ。懐かしいでしょ?」
「なんですか?」
「東通りに売っている焼き菓子よ。さっき、乱闘の前にこっそり買っておいたの」
差し出されたのは、表面に砂糖がまぶされた不格好なほど大きいクッキーだった。
「………覚えて、いたのですか?」
「忘れるわけないじゃない。初めてのお忍びで、一緒に食べた菓子だもの。………あの時グレンは、口を砂糖まみれにしながら『俺が、姫様を一生守ってやる!』って言ってくれたのよ?」
リーゼ様は窓辺に腰を掛け、いたずらっぽく笑った。
「私は強いわ。でも、私が背中を預けられる相手は貴方だけなの。もし、グレンがいなくなってしまったら、私は『怖いだけの王女』になってしまうわ。こんな私を、口うるさく叱れるのは貴方だけよ?」
胸の奥が熱くなる。
彼女はいつだって、一番欲しい言葉を不意打ちでくれるのだ。
俺は、無造作にその菓子を口に放り込んだ。
ザクザクした少し甘すぎる懐かしい味。口の中がパサついて、なんだか目頭まで熱くなってきた。
「………姫様。お忍びの最中に買い食いだなんて、護衛の心臓に悪いので控えてください」
「ふふふ、善処するわ」
「嘘ですね。どうせ明日もまた、窓から抜け出すつもりでしょう?」
「あら、バレちゃった?」
俺は溜息をつき、最後の一口を飲み込んだ。
とても勝てる気がしない。剣の腕も、魔力も、懐の大きさも。自分が護衛として必要とされていないのも分かっている。それでも手放せないのだ。
「明日から、もっと精進します。姫様より弱い護衛では、意味がありませんから」
「ええ、期待してるわ。私の護衛騎士」
窓の外では、無数の星が夜を彩っている。
どれほど振り回されようと、困らされようと、それでもずっと彼女の騎士でありたい。
⸻それが、俺の選んだ生き方だから。
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