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覇王の遺児 ― 信忠天下記 ―  作者: ゆちゃ
第1章

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4.追撃

京を出た風は、冷たかった。

夜明け前の空はまだ暗く、東の空がわずかに白み始めている。


背後――京の方角は赤く燃えていた。

炎の柱。

あれが本能寺だ。


誰も口にしない。

だが、全員が分かっていた。

そこにいるはずの男――織田信長がどうなったのかを。


先頭を行くのは

織田信忠

その背中は濡れていた。

雨か、汗か、それとも血か。

判別はつかない。

「……止まるな」

短い声。

だが強い。

馬は田畑の中の細道を進む。

ぬかるみに蹄が沈む。

後ろの家臣の一人が言った。

「殿、このまま東へ抜ければ山に入れます」

信忠は頷く。

「人の少ない道を選べ」

だが、その時だった。


――ドドドドド……

低い振動。

地面がわずかに揺れる。

信忠の目が細くなる。

「来たか」

振り返る。

遠くの闇の中に、松明の光が揺れている。

数は多い。

二十……三十……それ以上。

「追手だ!!」

家臣が叫ぶ。

「明智の騎馬!」

桔梗の紋が、炎のように揺れている。


つまり、明智光秀の本隊に近い精鋭。

ただの追跡ではない。

「仕留めに来ている……」

誰かが呟いた。

空気が張り詰める。

若い家臣が声を震わせる。


「殿……このままでは追いつかれます!」

別の者が言う。

「山へ逃げ込めば――」

信忠は馬を止めた。

全員が驚く。

「殿!?」

信忠は振り返る。

その目は、もう迷っていなかった。

「ここで削る」

低く、はっきりとした声。

「数を減らす」

家臣たちは息を呑む。

「殿、自ら戦われるおつもりか!」

信忠は槍を取った。

雨に濡れた穂先が鈍く光る。

「逃げ続ければ、いずれ捕まる」

一歩、馬を前へ出す。


「ならば」

「ここで戦う」


その言葉に、空気が変わる。

恐怖が、覚悟に変わる。

家臣の一人が叫ぶ。

「殿に続け!!」

全員が武器を構えた。


その時、追手が近づく。

先頭の武者が叫ぶ。

「信忠を討て!!」

突撃。

地面を叩く蹄。

土が跳ねる。

距離が一気に縮まる。


「来い」

信忠は呟いた。


そして――激突。


ガンッ!!


槍と槍がぶつかる。

火花が散る。

信忠は相手の槍を弾き、そのまま踏み込む。

一瞬の間。

相手の鎧の隙間を見抜く。

突き。

ズブリ――

槍が胸を貫いた。

武者が息を吐き、崩れる。

だが次の敵がすぐ来る。

左右から同時に槍。

信忠は体をひねる。

一つを受け流し、もう一つを柄で弾く。

そして馬を回しながら斬る。

首が飛ぶ。

血が雨に混じる。


「うおおおお!!」

家臣たちも叫びながら戦う。


乱戦、至近距離、叫び声、金属音。

泥と血が混ざる。


その中で、信忠は動いていた。

迷いがない。

無駄がない。


(これが……)

家臣の一人が思う。

(これが、織田の血……)


まるで若き日の信長。

いや、それ以上の何か。


戦場での集中。

敵の動きを読む目。

すべてが研ぎ澄まされていた。


やがて――

「退け!!」

敵が崩れる。

数を減らされたことで、戦意を失ったのだ。

残りの兵が引いていく。

蹄の音が遠ざかる。


静寂。

雨の音だけが残る。


家臣の一人が膝をついた。

「はぁ……はぁ……」

息が荒い。


信忠は槍を下ろした。

血が滴る。

彼はそれを一度も拭わなかった。

「……進むぞ」

短く言う。


誰も異を唱えない。

全員が理解していた。

今の戦いで――

この男がただの跡取りではないことを。


「尾張へ」

信忠は前を見る。

遠くに、わずかに明るくなる空。

夜が終わる。

だが、戦は始まったばかりだった。


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