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覇王の遺児 ― 信忠天下記 ―  作者: ゆちゃ
第1章

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2/15

2.二条御所

天正十年六月二日。


夜はまだ明けていない。

京の町は静まり返っていたが、

その静けさの中に、遠くからかすかな音が響いていた。


パンッ……

パンッ……

火縄銃の音。

その音が、ゆっくりと京の町に広がっていく。


京の北東に建つ館――二条御所


そこには一人の若き武将が滞在していた。


織田家の嫡男

織田信忠

二十六歳。


若いが、すでに何度も戦場を経験している。

その夜、信忠は奥の間で眠っていた。

畳の部屋には灯りもなく、外の風の音だけが聞こえる。


突然――ドン!!

大きな音が門の方から響いた。

続いて足音。

バタバタと廊下を走る音。

信忠はゆっくり目を開けた。


「……」


もう一度。

ドン!!

そして襖が勢いよく開いた。

「殿!!」

家臣が飛び込んできた。

息を切らしている。

「申し上げます!!」

信忠は上半身を起こした。

「何事だ」

声は落ち着いている。

家臣は叫んだ。


「明智光秀が反旗を翻しました!!」


部屋の空気が凍る。

「……」

信忠は一瞬黙った。

「父上は」

家臣が答える。

「本能寺にて戦闘中との報せ!」

信忠の眉がわずかに動いた。


本能寺。

そこには天下人、織田信長がいる。

信忠は布団から立ち上がった。

「鎧を」

家臣が急いで動く。

鎧が運ばれ、信忠は素早く身につける。

その動きに迷いはない。


別の家臣が駆け込んできた。

「殿!、明智軍が京へ入った模様!」

さらに報告が続く。

「兵数一万以上!」

「すでに本能寺を包囲!」

家臣たちは顔を見合わせた。


一人が言った。

「殿、救援に向かいましょう!」


別の者が言う。

「いや、すでに間に合わぬかもしれぬ」


その時、また新しい伝令が入ってくる。

顔が青ざめていた。

「殿……明智軍がこちらへ向かっております」


沈黙。

つまり――ここも狙われている。


家臣の一人が震える声で言った。

「二条御所は……兵三百ほど」

「敵は数千、防ぎきれませぬ」


部屋の空気が重くなる。

老臣がゆっくり口を開いた。

「殿」

信忠は振り向く。

「もし御身が捕らわれれば……」

言葉を続けるのがつらそうだった。

「織田家は終わります」

沈黙。

その老臣は言った。

「ゆえに……ここで御自害を……」


その瞬間。

信忠の手が動いた。

シュッ――

刀が抜かれる。

部屋の全員が凍りつく。


信忠の声は低かった。

「……誰の命で言う」


老臣は頭を下げた。

「織田家のためにございます」


信忠はゆっくり刀を収めた。

そして窓の方へ歩く。

外はまだ暗い。

だが遠くの空が赤い。

燃えている。

本能寺の炎だった。

信忠はしばらくそれを見ていた。

そして静かに言う。

「私は死なん」

家臣たちが顔を上げる。

「父上は天下を半ばまで作った」

信忠の拳が握られる。

「ここで終わらせるわけにはいかぬ」


若い家臣が言った。

「しかし殿……」

「敵は数千!」


信忠は振り返る。

その目は鋭かった。

「だからこそ」

「生きる」

その時、別の家臣が進み出た。

「殿」

「裏門に抜け道がございます」

「夜のうちに京を出れば、追手をかわすことも可能かと」


信忠は考える。

本能寺は炎上している。

信長の生死は不明。

京はすでに明智軍の手の中。

ここで戦えば確実に死ぬ。

だが。

生き延びれば――

織田家はまだ戦える。


信忠は言った。

「京を出る」

家臣たちの顔が引き締まる。

「二十騎ほどでよい」

「すぐに出る」

外ではすでに騒ぎが広がっていた。

遠くで太鼓が鳴る。

明智軍が京を制圧し始めている。

信忠は鎧の紐を締めた。

「馬を引け」

家臣たちが一斉に動く。


こうして。

歴史ではここで終わるはずだった男が――

生き延びる。

その決断が、やがて天下の行方を変える。

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