第45章 そして、明日へ
最新話へお越しいただき、ありがとうございます。 ついに、物語は最終回を迎えます。第45章「そして、明日へ」をお届けします。
奈落宮での死闘から数ヶ月。仲間たちの「絆」によって奇跡の生還を果たした夜凪が目にしたのは、彼が護った、活気を取り戻し始めた京の都でした。 復讐の宿命から解放された三人が手に入れた、「穏やかな日常」。
彼らの旅の、本当の結末をご覧ください。
奈落宮が崩壊した、あの悪夢のような夜から、数ヶ月が過ぎた。
呪われた都と呼ばれた京の街は、ゆっくりと、しかし確かな活気を取り戻し始めていた。
「………………」
月読夜凪は、見違えるように明るくなった大路を、静かに歩いていた。
かつて都を覆っていた、あの魂のない、虚ろな空気はもうない。
行き交う人々の顔には、ささやかながらも「日常」の光が戻っていた。
子供たちの笑い声が、空高く響き渡る。
(………………これが)
夜凪は、その喧騒を、眩しいものでも見るかのように、目を細めた。
(俺たちが、護った、未来か)
まだ、実感はなかった。
ただ、この穏やかな日の光が、ひどく心地よいことだけは、分かった。
彼の胸には、もう、あの黒く燃え盛る復讐の炎はない。
『孤月』は、その役目を終えたかのように、腰で静かに沈黙している。
すべてが、終わったのだ。
あの、長かった「黒き血の宿命」が。
「おーい! 夜凪殿ー!」
「こっちですぞー!」
不意に、通りの向こう側から、聞き慣れた野太い声が飛んできた。
夜凪がそちらへ視線を向けると、一軒の茶屋の縁台で、獅子堂快然が、大きな団子の串をぶんぶんと振り回していた。
その隣には、呆れたような、それでいて楽しそうな顔をした、不知火桔梗の姿もある。
「………………」
夜凪の口元が、彼自身も気づかぬうちに、ふ、と緩んだ。
彼は、その声に導かれるように、ゆっくりと茶屋へと歩み寄る。
そこには、彼が命を賭して手に入れた、「穏やかな日常」が待っていた。
「遅いですぞ、夜凪殿!」
「拙僧、待ちくたびれて、もう五本も食べてしまいましたわ!」
快然が、口の周りをタレでべとべとにしながら、豪快に笑う。
その姿は、尾張の宿場町で初めて出会った、あの頃と、何一つ変わっていなかった。
「………………快然さん」
桔梗が、やれやれ、と肩をすくめた。
「あなた、さっきもお饅頭を食べていたではありませんか」
「はっはっは!」
「甘いものは、別腹というものです!」
「それより、桔梗殿も、もう一本どうですかな!」
「もう、知りません!」
ぷい、と頬を膨らませる桔梗。
その顔には、もう、不知火の忍びとしての、張り詰めた緊張の色はない。
ただ、一人の娘としての、柔らかな光が宿っていた。
「………………」
夜凪は、そんな二人のやり取りを、ただ黙って見ている。
その瞳は、かつての、氷のように冷たいものではない。
春の陽だまりのような、穏やかな色をしていた。
「お」
快然が、夜凪の存在に気づき、手招きをした。
「夜凪殿も、さあさあ!」
「ここの団子は、絶品ですぞ!」
「………………ああ」
夜凪は、短く応じると、二人の隣、その縁台に、ゆっくりと腰を下した。
おかみが、温かい茶をそっと差し出す。
湯気が、ふわりと立ち上った。
(………………温かい)
夜凪は、その湯呑を、両手でそっと包み込んだ。
この、確かな温もり。
この、当たり前の日常。
これこそが、彼が、あの地獄の底で、焦がれてやまなかったものだった。
「………………夜凪さん」
桔梗が、夜凪の横顔を、じっと見つめていた。
その瞳には、深い、深い愛情が浮かんでいる。
「………………どうした」
「………………いえ」
桔梗は、ふふ、と幸せそうに微笑んだ。
「やっと、笑ってくれましたね」
「………………!」
夜凪は、はっとしたように、自分の口元に触れた。
気づかなかった。
自分が、今、笑っていたことに。
あの、復讐だけを誓った自分が。
すべてを失った、あの夜から、初めて。
心の底から、笑っていたことに。
「………………そうか」
「…………」
「俺、笑ってたか」
「はい」
桔梗は、力強く、頷いた。
その瞳に、じわり、と涙が滲む。
彼が、どれほどの絶望を乗り越えて、今、ここにいるのか。
それを知っているのは、世界で、自分たちだけだった。
「………………まったく!」
快然が、わざとらしく、ごほん、と咳払いをした。
「いけませんな、お二人とも!」
「…………」
「拙僧を、お団子よりも甘い空気で、当ててくれるとは!」
「か、快然さん!」
「はっはっは!」
快然の、豪快な笑い声が、京の青空に響き渡る。
桔梗の、慌てたような、恥ずかしそうな声が、それに重なる。
そして、そんな二人を、困ったように、それでいて、心の底から愛おしそうに見つめる、夜凪の、柔らかな微笑み。
(………………父様、母様)
夜凪は、心の中で、遠い空にいるはずの両親に、語りかけた。
(………………俺は)
(………………見つけたよ)
(あんたが言っていた、『護るべき、大切なもの』)
(………………俺の、『未来』を)
彼らを縛り付けていた、「黒き血の宿命」は、もうない。
夜凪がその存在と引き換えに書き換えた世界は、確かに、ここに在る。
そして、仲間たちの「切れぬ絆」が、彼を、その世界に、再び繋ぎ止めてくれた。
「さて!」
快然が、最後の一本を平らげ、威勢よく立ち上がった。
「腹も膨れたことですし!」
「次なる『美味いもの』を探しに、行きますかな!」
「ま、まだ食べるんですか!?」
「おうとも!」
「夜凪殿も、行きますぞ!」
「………………ああ」
夜凪は、ゆっくりと立ち上がった。
湯呑を置き、仲間たちの、その隣に並び立つ。
三人は、互いに顔を見合わせると、誰からともなく、歩き出した。
彼らの未来へと続く、光差す、明日へと。
その背中は、もう、闇を背負ってはいない。
勝ち取った平和への、確かな「幸福感」と。
仲間と共に生きる、無限の「希望」だけを、その胸に抱いて。
物語は、今、静かに、幕を閉じた。
最後までお読みいただき、本当に、本当にありがとうございました! これにて、「日ノ本を喰らう者 -黒き血の宿命-」は、堂々の完結となります!
すべてを失い、復讐のためだけに生きてきた夜凪。 その孤独な旅路は、快然という太陽のような「友情」と、桔梗という月のような「愛」に出会い、やがて仲間と共に「未来」を掴むための戦いへと変わっていきました。 彼が最後に手に入れたのは、かつて失ったはずの「温かい日常」と、「心の底からの笑顔」でした。
長い間、夜凪、桔梗、快然の三人の旅にお付き合いいただき、作者として、心から感謝申し上げます。 皆様からいただいたブックマークや評価、そして温かい感想の一つ一つが、彼らをここまで導いてくれた力となりました。
もし、彼らが掴んだこの「明日」が、皆様の心に少しでも温かいものを残せたなら、これ以上の喜びはありません。
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酸欠ペン工場(@lofiink)
重ね重ね、最後まで彼らの物語を見届けてくださり、誠にありがとうございました!




