第41章 哀しみのない世界
最新話へお越しいただき、ありがとうございます。 第41章「哀しみのない世界」をお届けします。
首領の圧倒的な「理」の力に、夜凪の「護る力」さえも破られてしまいました。絶望的な状況の中、夜凪はすべての元凶である首領に、その「動機」を問いかけます。 なぜ、英雄は道を違えたのか。ついに明かされる、首領の歪んだ「愛」と「救済」の真実とは――。
それでは、本編をお楽しみください。
「―――総力戦だ!」
月読夜凪の絶叫が、奈落宮の中枢に響き渡った。
三つの影が、同時に地を蹴る。
狙うはただ一つ。
すべての元凶、闇御門の首領。
「―――遅い」
その圧倒的な力の前に、三人の連携は赤子の手をひねるように打ち破られた。
だが、彼らの心は、まだ折れていなかった。
「くっ………………!」
夜凪は、見えない壁に叩きつけられた衝撃を、孤月を地面に突き立てて殺す。
肺が軋む。
内臓が揺さぶられる。
これが、首領の力。
この空間そのものを支配する、絶対的な「理」。
「夜凪さん!」
「夜凪殿!」
桔梗と快然も、数歩離れた場所で体勢を立て直していた。
二人の瞳にも、絶望の色はない。
信長が命を賭して作った、この「隙」。
仲間との絆で取り戻した、この「意志」。
ここで、すべてを終わらせる。
「………………無駄だ」
首領が、静かに言った。
その神々しいまでの姿は、微塵も揺らいでいない。
ただ、その感情のない瞳が、三人を、まるで盤上の駒のように見下ろしている。
「お前たちの『絆』とやらが」
「…………」
「どれほど強かろうと」
「…………」
「我が『理』を、覆すことはできぬ」
首領が、ゆっくりと右手を上げる。
その指先に、再び、あの空間そのものを捻じ曲げる、濃密な闇が収束していく。
あの、墨衣の側近さえも霞ませる、純粋な「力」。
「まずは、あの坊主から消すか」
「…………」
「その法力は、儀式の邪魔だ」
「なっ………………!」
首領の視線が、快然を捉えた。
まずい。
夜凪の全身に、緊張が走る。
あの力だけは、防げない。
「―――護れッ!」
夜凪は、仲間を守るため、咄嗟に言霊を放った。
あの、決戦前夜に覚醒した、聖なる光。
三人の前に、淡い光の壁が、瞬時に顕現した。
だが。
「―――甘い」
首領の指先が、僅かに動いた。
闇が、光の壁を、まるで薄紙を貫くかのように、容易く貫通した。
「なっ………………!?」
夜凪の思考が、凍りつく。
あの側近の闇さえ防いだ、「護る力」が。
いとも、容易く。
「―――ぐっ………………!」
闇は、一直線に、快然の錫杖を捉えた。
バチチッ、と。
金色の法力が、黒い闇に触れ、激しい火花を散らして霧散していく。
「お、のれ………………!」
快然は、その場に膝をつき、錫杖を強く握りしめる。
法力を、強制的に吸い上げられているのだ。
「次は、不知火の娘」
首領の非情な宣告が響く。
「その術も、目障りだ」
「きゃあっ!」
首領が視線を向けただけで、桔梗の身体が、見えない力に締め上げられ、宙に浮いた。
「桔梗!」
夜凪が叫ぶ。
だが、動けない。
首領の「理」が、夜凪の動きさえも、鈍らせていた。
「そして、最後は、お前だ」
「…………」
「月読の、末裔よ」
「…………」
「その『光』ごと、我が闇に飲み込まれるがいい」
絶望。
その二文字が、三人の心を再び支配しようとしていた。
圧倒的。
これが、神。
これが、理。
人の力が、届くはずもなかった。
「………………やめろ」
夜凪は、奥歯を強く噛み締めた。
身体が、動かない。
力が、通じない。
だが、それでも。
この胸に燃える、蒼い炎だけは、消えてはいなかった。
「………………なぜだ」
夜凪は、絞り出すように、声を発した。
「………………ほう?」
首領の動きが、ほんのわずかに、止まった。
「………………なぜ」
「…………」
「あんたは、そんなことをする!」
「…………」
「あんたは、伝説の陰陽師なんだろう!」
「…………」
「この国を、救った、英雄なんだろう!」
「…………」
「なのに、なぜ!」
「…………」
「父様を、母様を、俺の一族を殺した!」
「…………」
「なぜ、この国を、滅ぼそうとする!」
夜凪の、魂からの叫びだった。
復讐の憎しみと、純粋な疑問。
その二つが、彼の喉を突き破って、ほとばしる。
首領の、あの無機質だった瞳が。
その言葉を聞いて、初めて、わずかに、揺らいだ。
「………………救った」
「…………」
「………………ああ、そうだな」
首領は、夜凪の問いに、まるで遠い昔を懐かしむかのように、答えた。
「我は、かつて、この国を救った」
「…………」
「だが、末裔よ」
「…………」
「お前は、知らないのだ」
「…………」
「救った、その『先』にある、絶望を」
「………………絶望?」
首領は、ゆっくりと、天を仰いだ。
その、逆さまに渦巻く、禍々しい空を。
その瞳に、初めて、感情の色が浮かんだ。
それは、夜凪がよく知る、「哀しみ」の色だった。
「………………我にも、あった」
「…………」
「人の身が、あった」
「…………」
「愛する者が、いた」
「………………!」
夜凪の心臓が、跳ねた。
首領の独白は、静かに、続いた。
「我は、この国の理となり、すべてを見守ってきた」
「…………」
「だが、人の世は、あまりにも、愚かだ」
「…………」
「戦、飢饉、病………………」
「…………」
「どれだけ救っても、どれだけ導いても」
「…………」
「人は、自ら、哀しみを、生み出し続ける」
「………………」
「我が、愛した者たちも」
「…………」
「その、愚かな『運命』の渦に飲まれ」
「…………」
「一人、また一人と、我の前から、消えていった」
首領の声には、何百年、いや、何千年もの時を凝縮したかのような、深い、深い「喪失」の痛みが、滲んでいた。
夜凪は、その痛みを、知っていた。
目の前で、両親を失った、あの夜の痛み。
深雪を、護れなかった、あの湖畔の痛み。
目の前の「敵」が、自分と、同じ痛みを、抱えている。
「………………運命」
首領が、吐き捨てるように言った。
「…………」
「哀しみを生み出す、この世の理そのもの」
「…………」
「我は、それを、憎んだ」
「………………!」
「もう、誰も失いたくはなかった」
「…………」
「もう、誰も、哀しませたくはなかった」
「…………」
「だから、決めたのだ」
首領は、再び、夜凪へと視線を戻した。
その瞳には、もはや「哀しみ」はない。
あるのは、揺るぎない、狂気にも似た「決意」。
「………………この、日ノ本から」
「…………」
「『運命』そのものを、消し去ってやろう、と」
「………………!」
「喜びも、怒りも、哀しみも、ない」
「…………」
「すべてが、等しく、永遠に『停滞』した世界」
「…………」
「それこそが、唯一の『救済』」
「…………」
「『哀しみのない世界』だと!」
それが、首領の動機。
彼が、この『天壌無窮の儀』を始めた、たった一つの理由。
夜凪は、その言葉に、圧倒されていた。
それは、絶対悪ではなかった。
あまりにも、純粋な、歪み切った「愛」と「救済」の、願望だった。
(………………こいつ)
(こいつも、失ったのか)
夜凪は、首領の姿に、自分自身を、重ねていた。
もし、あの夜、自分に、この男ほどの力があったなら。
もし、仲間を失う未来を、受け入れられなかったら。
自分も、同じ道を、選んだのではないか。
(………………ああ)
敵であるはずの、この男に。
一族の仇敵であるはずの、この男に。
夜凪は、今、確かに「同情」を、覚えていた。
「………………なんと」
快然が、呆然と呟いた。
「………………哀しい」
桔梗の瞳から、涙がこぼれた。
彼女もまた、その歪んだ願いの根底にある、純粋な「哀しみ」を、感じ取っていた。
だが。
「………………ふざけるな」
夜凪は、奥歯を、強く、噛み締めた。
その瞳が、同情に揺れながらも、再び、蒼い炎を宿していく。
「………………ふざけるなッ!!」
夜凪の絶叫が、奈落宮に響き渡った。
「………………末裔よ」
「あんたが、何を失ったのか、俺には分からない!」
「…………」
「あんたが、どれだけ苦しんだのかも、知りたくもない!」
「…………」
「だがな!」
夜凪は、首領を、真っ直ぐに、強く、強く、睨みつけた。
その瞳には、もはや「同情」はない。
あるのは、揺るぎない「怒り」。
「あんたの『救済』のために!」
「…………」
「俺の父様と母様は、殺されたんだぞ!」
「………………!」
「あんたの『哀しみのない世界』のために!」
「…………」
「深雪は、お前たちに利用されて、死んだんだ!」
「…………」
「信長も、都の人々も、そうだ!」
「…………」
「あんたの哀しみのために!」
「…………」
「他の、誰かが、犠牲になっていい理由になど、なるものかッ!」
それは、夜凪の、魂からの叫びだった。
哀しい動機。
だが、そのために踏みにじられた、無数の命。
その行いは、断じて、許されるものではない。
同情と、怒り。
その、相反する「複雑な感情」が、夜凪の中で渦を巻き、一つの、確かな「答え」を導き出していた。
「………………あんたは」
「…………」
「救済者なんかじゃない」
「…………」
「ただの、独裁者だ!」
夜凪は、『孤月』を、再び構え直した。
その切っ先は、もう、迷っていない。
「桔梗! 快然!」
「………………はい!」
「………………おう!」
二人の声にも、もう、迷いはない。
敵の哀しみは、受け止めた。
だが、その上で、倒す。
それが、未来を掴むために、彼らが選んだ、唯一の道だった。
「俺たちの『運命』は!」
「…………」
「俺たちが、決める!」
「…………」
「あんたの、哀しい世界になど、付き合ってたまるかッ!」
三つの影が、再び、一つになった。
すべての「理」を、その手に取り戻すため。
彼らの、本当の総力戦が、今、再び始まろうとしていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
ついに明かされた、首領の動機。それは、愛する者を失い続けた「哀しみ」の果てに生まれた、「運命」そのものを停滞させようとする、歪んだ「救済」の願望でした。 夜凪は、その哀しみに「同情」しながらも、そのために無数の命を踏みにじった行いを「怒り」と共に断罪します。
「俺たちの『運命』は、俺たちが決める!」 敵の哀しみを受け止めた上で、それを超える「覚悟」を決めた三人。すべての理を取り戻すため、本当の最後の総力戦が、今、始まります!ご期待ください!
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