第40章 災厄の御座に座る者
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織田信長が遺した「好機」を突き、三人はついに闇御門の首領へと刃を向けます。しかし、首領の「個」としての力は、儀式の乱れをものともしない、絶対的なものでした。 そして、そのベールを脱いだ首領の正体は、夜凪たちの想像を絶する、衝撃の真実を伴うものでした。
それでは、本編をお楽しみください。
千載一遇の好機。
織田信長が、その命を賭して作った、儀式の「綻び」。
月読夜凪は、その一瞬を逃さなかった。
「―――行くぞッ!」
蒼い炎を宿した瞳で、彼は叫んだ。
仲間たちの覚悟に応えるために。
信長の壮絶な生き様に応えるために。
三つの影が、奈落宮の中枢を、同時に駆けた。
「桔梗!」
「はい!」
「快然!」
「おうとも!」
狙うはただ一点。
玉座から立ち上がった、すべての元凶。
闇御門の首領、その人ただ一人。
三位一体。
これまでの旅で培った、すべての絆と力を、この一撃に込める。
夜凪の『孤月』が、蒼い光を纏う。
桔梗の苦無が、水の流れを描く。
快然の錫杖が、金色の仏罰を宿す。
三方向からの、完璧な同時攻撃。
儀式が乱れ、霊力が渦巻く今ならば。
この一撃は、必ず届く。
「………………」
だが。
首領は、動かなかった。
その顔には、信長への「怒り」が浮かんだまま。
迫り来る三つの刃を、その無機質な瞳で、ただ、見ているだけだった。
(………………貰った!)
夜凪は、勝利を確信した。
儀式の乱れに気を取られ、反応が遅れている。
このまま、首領の心臓を、孤月が貫く。
そう、思った、刹那。
「―――遅い」
「なっ………………!」
夜凪の耳元で、その声は響いた。
馬鹿な。
首領は、まだ、玉座の前に立っているはずだ。
だが、その姿は、陽炎のように、ぼやけていた。
(残像!?)
「がっ………………!」
「きゃあっ!」
同時に、二つの苦悶の声が響いた。
夜凪が、はっと横目で見る。
そこには、見えない「何か」に弾き飛ばされ、岩盤に叩きつけられる、桔梗と快然の姿があった。
「二人とも!」
夜凪は、咄嗟に攻撃を中断し、その場に着地した。
一体、何が起きたのか。
桔梗と快然は、咳き込みながらも、何とか立ち上がろうとしている。
致命傷ではない。
だが、明らかに、攻撃を「読まれて」いた。
「………………くっ」
夜凪は、孤月を構え直し、ゆっくりと首領に向き直った。
いつの間にか、首領は玉座の前、数歩進んだ位置に、静かに立っていた。
儀式の霊脈は、未だ乱れ、渦を巻いている。
だというのに。
首領の纏う空気だけは、微塵も揺らいでいなかった。
(………………儀式が乱れても)
(こいつ本体の力は、衰えていないのか!)
夜凪の背筋を、冷たい汗が伝う。
信長の死が、無駄になったわけではない。
儀式が止まりかければ、これ以上、日ノ本が支配されることはない。
だが、目の前の、この「個」としての力。
これを、どう打ち破る。
「………………驚いたか」
首領が、静かに言った。
「信長の死が、儀式を乱したことは、事実」
「…………」
「だが、それは、我が『奈落宮』の理を、覆すものではない」
「…………」
「そして」
「…………」
「我が力を、削ぐものでも、ない」
首領の全身から、再び、あの墨衣の側近さえも霞ませる、純粋な「闇」が、陽炎のように立ち上り始めた。
空気が、重くなる。
呼吸が、苦しい。
立っているだけで、魂が、その闇に吸い取られていくようだ。
(………………これが)
(こいつが、首領)
夜凪は、奥歯を強く噛みしめた。
桔梗と快然が、夜凪の左右に並び立つ。
三人の間に、言葉はない。
ただ、互いの呼吸だけが、この異様な空間で、確かに響き合っている。
「………………」
「………………」
「………………」
絶頂の緊張感。
一瞬でも、気を抜けば、死ぬ。
一瞬でも、目を逸らせば、喰われる。
儀式の中枢。
渦巻く霊力の奔流の中心で。
三つの命と、一つの絶対者が、静かに、しかし激しく、睨み合っていた。
「………………夜凪さん」
桔梗が、か細い声で、夜凪の名を呼んだ。
「………………ああ」
夜凪は、視線を首領から外さずに、応じた。
「………………あ、あの姿」
「………………?」
「あの、お姿………………」
「………………!」
夜凪は、その言葉に、はっとした。
そうだ。
今まで、怒りと殺意に目が眩み、気づかなかった。
目の前の、首領の「姿」。
それは、闇御門の術者が好む、禍々しい装束ではなかった。
ただ、静かに、そこに立っている。
闇が、晴れていく。
いや、違う。
首領が、自らの纏う闇を、ゆっくりと、収束させていったのだ。
まるで、三人に、自らの「正体」を、見せつけるかのように。
そして、その姿が、完全に、明らかになった時。
夜凪は、呼吸を、忘れた。
(………………あ)
(………………あ、あ)
そこに立っていたのは、男、ではなかった。
いや、性別を超越した、何か。
長く、艶やかな、白銀の髪。
着ているものは、この国のものとは思えぬ、荘厳で、清浄な、白い衣。
そして、その顔立ちは。
人間が、持ち得る、あらゆる美しさを、一つに凝縮したかのような。
神々しささえ、感じさせた。
だが、何よりも、夜凪の心を撃ち抜いたのは。
その、瞳。
そこには、感情というものが、一切、存在しなかった。
無。
あの、墨衣の側近が纏っていた「無」とは、比較にさえならない。
それは、この世の始まりから、終わりまでを、すべて見届けてきたかのような。
あまりにも、深く、冷たい、「無」だった。
「………………そんな」
「………………馬鹿な………………」
夜凪ではない。
声を発したのは、桔梗だった。
彼女は、苦無を取り落としそうになるほど、激しく震えていた。
その瞳が、信じられないものを見る目で、首領の姿に、釘付けになっている。
「桔梗殿!?」
快然が、驚いて彼女を見た。
「ど、どうしたのですか!」
「その、お姿は………………!」
桔梗は、懐から、震える手で、一つの古い、古い巻物を取り出した。
それは、不知火の里の『禁足地』にあったものではない。
彼女が、常に、お守りのように持っていた、里の伝承を描いた絵巻物だった。
「………………嘘」
「…………」
「嘘、です………………!」
「桔梗、何なんだ!」
夜凪が、叫んだ。
桔梗は、絵巻物と、目の前の首領を、何度も、何度も、見比べた。
そして、絶望的な声で、言った。
「………………この、お姿は」
「…………」
「古の、大災厄から、この日ノ本を救ったという」
「…………」
「………………伝説の」
「…………」
「………………大陰陽師、そのもの、です………………!」
「―――ッ!!」
その一言は、夜凪の魂を、根底から揺さぶった。
伝説の、陰陽師。
この国を、救った、英雄。
それが、今、目の前で、この国を滅ぼそうとしている。
それが、俺の、両親を殺した、仇敵。
(………………なんだ)
(………………なんだ、それは)
(………………どういう、ことだ………………!)
理解が、追いつかない。
脳が、焼き切れそうだ。
復讐の対象が、かつての救国の英雄だった。
その、あまりにも、ねじ曲がった事実に。
夜凪の心は、激しく、激しく、揺さぶられた。
「………………そうだ」
首領が、静かに、肯定した。
その声は、男でも、女でもない、神々しいまでの、響きを持っていた。
「…………」
「我こそは、この国を創りし、理そのもの」
「…………」
「そして」
「…………」
「お前たち、月読と不知火が、かつて、我が半身として、仕えた『主』」
「………………!」
「………………あ」
夜凪は、戦慄した。
これは、ただの最終決戦ではない。
これは、古の時代から続く、宿命の、再会。
そして、絶望的な、決別。
「………………さあ、始めようか」
首領が、その白く、美しい手を、ゆっくりと差し出した。
その指先に、世界そのものを「停滞」させる、あの絶望的な「理」が、収束していく。
「…………」
「月読の、末裔よ」
「…………」
「お前の『光』が」
「…………」
「我が『闇』に、届くかどうか」
「…………」
「試してみるがいい」
絶頂の緊張感。
夜凪は、呼吸を、整えた。
動揺は、ある。
だが、それ以上に。
やるべきことは、変わらない。
たとえ、相手が、神であろうと。
英雄であろうと。
(………………あんたが、俺の仇だ)
夜凪は、孤月を、強く、握りしめた。
その瞳に、再び、蒼い炎が、燃え盛る。
「桔梗! 快然!」
「………………はっ!」
「………………おう!」
「―――総力戦だ!」
夜凪の絶叫が、奈落宮に響き渡った。
すべての因縁を断ち切る、最後の戦い。
その火蓋が、今、確かに、切って落とされた。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
ついに明かされた、闇御門の首領の正体。それは、かつてこの国を災厄から救った「伝説の大陰陽師」であり、夜凪たち一族が仕えた「主」でした。 なぜ、英雄は道を違え、この国を支配しようとするのか。
夜凪の戦いは、単なる復讐を超え、古の主との「宿命の決別」となりました。 すべての力を結集し、三人は最後の総力戦に臨みます。この絶望的な相手に、彼らの絆は届くのでしょうか。ご期待ください!
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