第38章 切れぬ絆
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「忘れ去られる」という、あまりにも残酷な代償の真実。首領が突きつけた絶望に、夜凪の心は完全に砕け散ってしまいました。 しかし、その絶望の底で、彼を支えたのは仲間たちの揺るぎない言葉。運命さえも超える、二人の「絆」の力とは――。
それでは、本編をお楽しみください。
奈落宮の中枢。
血の霊脈が渦巻く、巨大な魔法陣の上。
月読夜凪は、その場に、ただ立ち尽くしていた。
(………………あ)
(………………ぁ………………)
声にならない。
思考が、凍りついている。
目の前にいるはずの、桔梗と快然の姿が、ぼやけて見える。
『―――あなたは、誰、ですか』
幻術の中で聞いた、桔梗の声。
突き放すような、冷たい他人行儀な瞳。
それは、彼が何よりも恐れていた、現実だった。
『―――近寄らないでください!』
『―――化け物!』
快然の、憎悪に満ちた声。
あの、屈託のない笑顔が、恐怖に歪んでいた光景。
運命の、残酷さ。
力を使い続けた果てに、待っている未来。
守ろうとすればするほど、その守った相手から、忘れ去られていく。
(………………なんの、ために)
俺は、戦ってきたんだ。
一族の復讐のためか。
違う。
もう、それだけではなかったはずだ。
桔梗と、快然と、生きる未来を掴むため。
そう、誓ったはずだ。
なのに。
その未来が、これか。
すべてを失い、誰からも忘れられ、ただ一人、永遠に闇を彷徨う。
それが、俺の、宿命。
それが、言霊の、代償。
「………………はは」
乾いた笑いが、喉から漏れた。
馬鹿げている。
あまりにも、滑稽だ。
これほどの「絶望」を、夜凪は、知らなかった。
足元の、魔法陣が、まるで嘲笑うかのように、禍々しい光を放っている。
「………………」
もう、どうでもよかった。
首領の、あの無機質な瞳。
儀式を、止める。
そんな使命感さえも、今はもう、遠い。
心が、砕け散った。
音を立てて、崩れていく。
夜凪は、その場に、膝から崩れ落ちた。
腰の『孤月』が、カラン、と乾いた音を立てる。
その瞳から、光が消えていた。
ただ、虚無だけが、彼を支配していた。
「………………夜凪さん」
静かな、声がした。
桔梗だった。
彼女は、夜凪の前に、そっと膝をついた。
その瞳には、深い、深い痛みの色が浮かんでいる。
彼が、幻術によって、どれほど残酷な未来を見せられたのか。
その絶望の深さを、彼女は肌で感じ取っていた。
「………………」
夜凪は、反応しない。
その目は、何も映していない。
「………………夜凪さん」
桔梗は、もう一度、彼の名を呼んだ。
そして、その震える両手を、ゆっくりと伸ばす。
絶望に凍える彼の身体を、彼女は、ためらうことなく、強く、強く、抱きしめた。
「………………!」
夜凪の身体が、硬直した。
温かい。
幻術の中で感じた、あの冷たさとは、まったく違う。
確かな、人の「温もり」が、そこにはあった。
「………………桔梗」
「………………はい」
桔梗は、夜凪の肩に顔を埋めるようにして、その声を震わせた。
彼女もまた、恐怖と戦っていた。
仲間が、目の前で壊れていく。
その恐怖に。
「………………大丈夫」
「…………」
「………………大丈夫、です」
「………………何が」
夜凪の、乾いた声が問う。
「何が、大丈夫だというんだ」
「…………」
「俺は、忘れる」
「…………」
「いつか、お前たちのことも、何もかも」
「…………」
「守ろうとした、その記憶さえも」
「…………」
「お前たちに、忘れ去られる」
「…………」
「それが、俺の運命だ」
「違います」
桔梗が、きっぱりと言った。
彼女は、ゆっくりと身体を離すと、夜凪の両肩を、強く掴んだ。
その瞳は、涙で溢れていた。
だが、その奥には、あの時と同じ、鋼の「力強さ」が宿っていた。
「………………たとえ」
「…………」
「たとえ、夜凪さんが、すべてを忘れてしまっても」
「…………」
「私が、全部覚えています」
「………………!」
夜凪の、光を失っていた瞳が、わずかに揺れた。
「………………馬鹿な、ことを」
「馬鹿じゃありません!」
桔梗の声が、魔法陣の轟音に負けないほど、強く響き渡った。
「魂が、覚えています!」
「…………」
「夜凪さんが、私を護ってくれたこと」
「…………」
「夜凪さんが、私のために、怒ってくれたこと」
「…………」
「あなたの、その手の『温もり』を!」
「…………」
「私の魂が、決して忘れない!」
彼女は、夜凪の手を取り、自らの胸に、強く押し当てた。
とくん、とくん、と。
彼女の、力強い心臓の鼓動が、夜凪の冷えた指先に伝わってくる。
「だから!」
「…………」
「もし、あなたがあなたを忘れても!」
「…………」
「もし、私があなたを忘れる未来が来ても!」
「…………」
「何度でも、思い出させます!」
「…………」
「私の魂が、あなたの魂を、必ず見つけ出します!」
それは、誓いだった。
運命の残酷ささえも、乗り越えてみせるという、あまりにも力強い、愛の誓い。
夜凪の胸の奥底で、砕け散ったはずの心の破片が、ちり、と小さな熱を持った。
「………………はっはっは!」
不意に、豪快な笑い声が響いた。
いつの間にか、獅子堂快然が、二人の後ろに、仁王立ちしていた。
その顔は、いつものように、太陽のように笑っている。
「いやはや、参りました!」
「桔梗殿には、敵いませぬなあ!」
「………………快然」
「夜凪殿!」
快然が、夜凪のもう片方の肩を、ばしん!と力強く叩いた。
その衝撃に、夜凪の身体が、よろめM
「な、なんだ、お前………………」
「そんな、情けない顔をして、どうしたのですか!」
「…………」
「忘れられる?」
「…………」
「だから、何だというのです!」
「………………!」
「拙僧と、あなた様は、もはや『ダチ』でしょうが!」
「………………ダチ」
「おうとも!」
快然は、にかっ、と歯を見せて笑った。
「たとえ、この拙僧が、あなた様を十回忘れようとも!」
「…………」
「百回忘れようとも!」
「…………」
「そのたびに、拙僧は、百一回!」
「…………」
「あなた様と、『ダチ』になるまでのことよ!」
その言葉には、理屈など、ひとかけらもなかった。
だが、それこそが、快然という男の、揺るぎない「力強さ」だった。
運命がどうだ。
代償がどうだ。
そんなものは、この男の「友情」の前では、何の意味もなさない。
桔梗の「温もり」。
快然の「力強さ」。
二つの、かけがえのない「絆」が、夜凪の凍てついた心を、内側から、こじ開けていく。
(………………ああ)
(………………そうか)
夜凪の瞳に、再び、光が戻ってきた。
それは、絶望の闇を振り払う、確かな「再起」の光だった。
忘れることが、怖かった。
忘れ去られることが、何よりも、恐ろしかった。
だが、もう、怖くない。
たとえ、記憶を失っても。
たとえ、この身がどうなろうとも。
この「絆」だけは、決して、切れはしない。
「………………桔梗」
「………………はい」
「………………快然」
「………………おう!」
夜凪は、ゆっくりと立ち上がった。
その手は、まだ震えている。
だが、その瞳は、もう、絶望には染まっていない。
彼は、震える手で、桔梗の涙をそっと拭った。
「………………ありがとう」
「………………!」
桔梗の目が、驚きと喜びに、大きく見開かれた。
夜凪は、快然に向き直り、小さく、しかし確かな笑みを、浮かべてみせた。
「………………世話が、焼ける」
「はっはっは!」
「お互い様ですわい!」
三人の笑い声が、おぞましい儀式の中枢に、響き渡った。
運命の残酷さに、一度は砕けた心。
だが、「切れぬ絆」が、彼を、再び立ち上がらせた。
夜凪は、ゆっくりと顔を上げた。
その視線が、すべての元凶。
儀式の中心に座す、あの玉座の「影」を、再び、強く、強く、睨みつけた。
「………………行こう」
「俺たちの未来を」
「取り戻しに、行く」
「はい!」
「おうとも!」
三つの影が、今、完全に一つになった。
彼らの、最後の戦いが、再び、始まろうとしていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
「私が、あなたの記憶になります」 「何度でも、あなたと『ダチ』になる」 桔梗の「愛」と、快然の「友情」。二人の「切れぬ絆」が、夜凪を絶望の底から再び立ち上がらせました。 記憶を失う恐怖さえも乗り越え、三人の心は完全に一つになりました。
すべての覚悟を決めた三人が、ついに首領との最後の戦いに臨みます。 『俺たちの未来を取り戻しに行く』 最終決戦、ご期待ください!
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