第37章 忘却の真実
最新話へお越しいただき、ありがとうございます。 ついに最終決戦の火蓋が切られます。第37章「忘却の真実」をお届けします。
奈落宮の最奥で、ついにすべての元凶である闇御門の「首領」と対峙した夜凪たち。 しかし、首領の力は、これまでの敵とは比較にならないほど絶対的でした。仲間が無力化される中、首領は夜凪に、言霊の力に隠された、最も残酷な「代償の真実」を突きつけます。
それでは、本編をお楽しみください。
奈落宮の最奥。
そこは、途方もない霊力が渦巻く、巨大な空洞だった。
崖から飛び降りた三人を包んだのは、濃密な怨念の霧。
だが、その霧は、月読夜凪が放つ淡い光のヴェールに触れ、音もなく霧散していく。
(………………護れている)
着地の衝撃もなく、三人は柔らかく光の奔流の前に降り立った。
夜凪は、自らの『護る力』が、仲間たちを確かに守護していることを実感する。
その事実だけが、この圧倒的な空間で、彼を支える唯一の拠り所だった。
「………………ここが」
不知火桔梗が、息を呑んだ。
目の前には、先ほど目にした、あの巨大な『天壌無窮の儀』の魔法陣が広がっている。
日本全土から集められた霊脈が、血の川となって、その中心へと注ぎ込まれていた。
肌を焼くような、おぞましい霊力の圧迫感。
そして、その中心。
「………………待っていたぞ」
静かな、声がした。
魔法陣の中央。
すべての霊力が集束する、その玉座に。
一人の男が、静かに座っていた。
決戦前夜に現れた、あの墨衣の側近ではない。
もっと、深く。
もっと、冷たい。
まるで、この奈落宮という異空間そのものが、人の形を取ったかのような、絶対的な存在感。
(………………あいつが)
夜凪の全身が、粟立った。
本能が、叫んでいる。
あれが、首領。
一族を滅ぼした、すべての元凶。
復讐の、終着点。
「………………闇御門!」
獅子堂快然が、怒りに震え、錫杖を構えた。
「よくも、この日ノ本を!」
「民の笑顔を奪った外道め!」
「拙僧の仏罰、とくと喰らうがいい!」
快然が、叫びと共に地を蹴った。
だが、その一歩は、踏み出されることがなかった。
「………………え?」
快然の足が、ぴたり、と宙で止まる。
まるで、見えない壁に阻まれたかのようだ。
いや、違う。
「………………無駄だ」
首領は、玉座に座ったまま、動いていない。
ただ、その冷たい瞳が、快然を捉えているだけ。
それだけで、快然の巨体は、金縛りにあったかのように、一ミリたりとも動けなくなっていた。
「なっ………………!」
「………………法力、か」
首領が、初めて、夜凪たち以外のものに興味を示したように、呟いた。
「…………」
「だが、その程度では」
「…………」
「この『理』の前に、意味を成さぬ」
「ぐ………………!」
「が、あ………………!」
快然の全身から、法力の光が、強制的に引きずり出されていく。
金色の光が、血の川に吸い込まれ、霧散していく。
「快然さん!」
桔梗が、印を結ぼうとする。
だが、それよりも早く。
「………………お前もだ」
「不知火の、娘」
「………………あ!」
桔梗の身体もまた、硬直した。
術を発動させることさえ、許されない。
これが、首領の力。
この奈落宮という、自らの領域において、彼は「法則」そのものだった。
五行衆とは、あの側近とは、次元が違う。
この空間では、彼以外のすべてが、無力だった。
「………………くっ」
夜凪だけが、動けた。
彼が纏う『護る力』の光が、首領の「理」を、かろうじて弾いている。
だが、それだけ。
前に進むことも、攻撃することもできない。
ただ、立っているのが、精一杯だった。
「………………ほう」
首領の、感情のない瞳が、初めて、夜凪を真正面から捉えた。
「それか」
「…………」
「それこそが、『月読』の力」
「…………」
「我が『停滞』の理を、唯一、乱す可能性」
「………………!」
「我が『天壌無窮』を、唯一、脅かす、禁忌の光」
首領は、ゆっくりと、玉座から立ち上がった。
その姿は、驚くほど、普通だった。
伝説の陰陽師のような、禍々しい装束ではない。
ただ、静かに、そこにいる。
だというのに、その存在そのものが、夜凪の魂を、根底から震わせていた。
「………………よくぞ、ここまで来た」
「…………」
「月読の、最後の一人」
「…………」
「褒美を、くれてやろう」
「………………なに?」
「お前が、その力を振るう、意味」
「…………」
「お前が、その力の果てに、何を失うのか」
「…………」
「その『真実』を、見せてやる」
首領が、その手を、そっ、と夜凪に向けた。
夜凪は、咄嗟に『護る力』を最大にまで高める。
だが、首領が放ったのは、攻撃ではなかった。
「―――ッ!?」
夜凪の視界が、ぐにゃり、と歪んだ。
奈落宮の光景が、消える。
血の奔流も、玉座も、首領の姿も。
金縛りにあった桔梗と快然の姿さえも。
世界から、色が、消えていく。
(………………なんだ、これは)
(………………幻術、か!)
夜凪は、自らの精神を保とうと、奥歯を強く噛み締めた。
だが、無駄だった。
これは、五行衆・深雪が使ったような、過去の記憶を見せる術ではない。
もっと、残酷な。
「………………」
ふと、夜凪は気づいた。
自分は、立っていた。
そこは、奈落宮ではない。
見覚えのある、丘の上。
決戦前夜、三人が誓いを立てた、あの丘の上だ。
(………………戻された?)
(いや、違う)
空気が、冷たい。
夜凪は、自分の手を見た。
その手は、かすかに、透き通り始めている。
「………………ああ、そうだ」
「…………」
「お前は、気づいていたはずだ」
「…………」
「『言霊』の代償は、単なる『記憶の欠落』ではない、と」
首領の声が、幻影の世界に、直接響き渡る。
夜凪の心臓が、嫌な音を立てて、跳ねた。
「………………何を、言って………………」
「お前は、気づいている」
「…………」
「世界を書き換える力」
「…………」
「その代償は」
「…………」
「お前という『存在』が、この世界から『書き換えられる』こと」
「………………!」
「お前の『存在』が、希薄になる」
「…………」
「すなわち」
「…………」
「『他者から、忘れ去られる』ことだ」
「―――ッ!!」
夜凪の思考が、凍りついた。
そんな、馬禍な。
以前に感じた、あの恐怖。
仲間との記憶が、消えていく。
あれは、始まりに過ぎなかったというのか。
本当の代償は。
俺が、仲間から、忘れられる?
「………………嘘だ」
「…………」
「そんな、ことが………………」
「では、見せてやろう」
首領の冷たい声が、響く。
夜凪は、はっと顔を上げた。
丘の上に、二つの人影が立っている。
見間違えるはずもない。
獅子堂快然。
不知火桔梗。
彼らが、そこにいた。
「………………桔梗!」
「………………快然!」
夜凪は、叫んだ。
二人は、ゆっくりと、こちらを振り向いた。
その瞳に、宿る光。
それは、夜凪がよく知る、仲間への信頼の光ではなかった。
ただ、そこにいる「見知らぬ誰か」を見る、戸惑いと、警戒の色。
「………………!」
夜凪の足が、止まる。
「………………あの」
桔梗が、困ったように、小首を傾げた。
「…………」
「どちら様、でしょうか?」
「―――あ」
夜凪の喉から、空気が、漏れた。
「………………何を、言って」
「…………」
「俺だ」
「…………」
「夜凪だ! 月読夜凪だ!」
「………………夜凪?」
桔梗は、眉をひそめた。
まるで、聞いたこともない名を、聞かされたかのように。
「………………申し訳ありません」
「…………」
「そのようなお名前の方、存じ上げませんが………………」
「………………」
「………………なっ」
夜凪の膝が、崩れ落ちそうになる。
そんな。
『――私が、あなたの記憶になります』
そう言って、涙ながらに、自分の手を握ってくれた。
あの桔梗が。
俺を、忘れている。
「おい!」
隣で、快然が、錫杖を構えた。
「………………快然!」
「お主、何者だ!」
「…………」
「桔梗殿に、馴れ馴れしく名を呼ぶでない!」
「…………」
「その禍々しい気配………………」
「…………」
「さては、闇御門の、手先だな!」
「―――違う!」
夜凪は、絶叫した。
「俺だ! 快然!」
「…………」
「一緒に、戦ってきただろう!」
「…………」
「東海道を! 五行衆と!」
「………………何を、訳の分からぬことを」
快然の瞳には、純粋な「敵意」だけが浮かんでいた。
信じていない。
覚えている、素振りすら、ない。
これが、未来。
これが、言霊を使い続けた、俺の、成れの果て。
「………………あ」
「………………あ、ああ………………」
夜凪は、その場に、膝から崩れ落ちた。
全身から、力が、抜けていく。
何のために、戦ってきた?
復讐のため?
使命のため?
違う。
あの夜明け前に、誓ったはずだ。
『――仲間と生きる明日を、この手で掴むため』
だというのに。
その仲間が、俺を、忘れる。
その未来に、俺という「存在」は、ない。
「………………残酷だろう?」
首領の声が、嘲笑うかのように響き渡る。
「…………」
「それが、理を歪める者の、末路」
「…………」
「お前は、世界を救うことも」
「…………」
「仲間との未来を、掴むことも」
「…………」
「何一つ、できはしない」
「…………」
「お前は、ただ、誰からも忘れ去られ」
「…………」
「一人で、消えていくだけだ」
「………………やめろ」
「………………やめてくれ………………」
これほどの「絶望」を、夜凪は、知らなかった。
一族を滅ぼされた、あの夜でさえ。
胸には、復讐の炎があった。
だが、今は、何もない。
掴もうとした未来そのものに、拒絶された。
これ以上、戦う意味など、どこにあるというのか。
「………………さあ、どうする?」
「…………」
「月読の、小僧」
「…………」
「その、希望とも見紛う、呪われた力」
「…………」
「今、ここで、自ら、手放すか?」
首領の、悪魔の囁き。
夜凪の瞳から、光が消えた。
蒼い炎が、掻き消される。
運命の、あまりの残酷さに。
彼の心は、音を立てて、砕け散った。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
闇御門の首領。その力は、この空間の「理」そのものでした。 彼が夜凪に突きつけたのは、「言霊」の本当の代償――世界を書き換える力と引き換えに、自らの「存在」が他者から「忘れ去られる」という、あまりにも残酷な真実。
桔梗の「私があなたの記憶になる」という誓いさえも届かない、絶望的な未来。仲間から「忘れられた」夜凪の心は、ついに砕け散ってしまいました。 果たして、夜凪はこの絶望の底から這い上がることができるのでしょうか。それとも……。 最終決戦、ご期待ください!
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