第36章 天壌無窮の儀
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過去の亡霊を乗り越え、奈落宮の最奥へとたどり着いた夜凪たち。彼らを怨念から護ったのは、夜凪の中に芽生えた新たな「護る力」でした。 そして三人が眼にしたのは、日本全土の霊脈を束ね、世界の理そのものを書き換えんとする、首領の恐るべき最終計画でした。
それでは、本編をお楽しみください。
過去の亡霊たちが、光の粒子となって奈落宮の闇へと消え去っていく。
広場には、静寂が戻った。
だが、それは束の間。
三人の耳には、先ほどよりも強く、地響きのような音が届いていた。
「………………はっ、はっ」
不知火桔梗は、荒い息を整えながら、その音の先を睨んだ。
「まだ、奥がある………………!」
「ええ、それも、とんでもない『何か』が!」
獅子堂快然も、錫杖を握り直す。
その額には、脂汗が滲んでいた。
五行衆の式神を倒したというのに、この圧迫感。
ここから先が、本番だということか。
「………………」
月読夜凪は、黙って自分の手のひらを見つめていた。
深雪の式神を浄化した、あの温かい光。
『護る力』。
その確かな感触が、まだ残っている。
(この力が、あれば)
仲間たちを守り抜ける。
その自信が、彼の恐怖を打ち消していた。
夜凪は、顔を上げると、闇の奥を真っ直ぐに見据えた。
「行くぞ」
「………………おうとも!」
「はい!」
三人は、再び、ねじ曲がった岩盤の道へと足を踏み出した。
一歩、また一歩と進むにつれて、空間の歪みはさらに酷くなっていく。
重力は曖昧になり、まっすぐ歩いているはずなのに、まるで螺旋階段を登っているかのようだ。
そして、怨念の密度が、爆発的に跳ね上がっていく。
「う………………!」
桔梗が、思わず足を止めた。
目に見えない、無数の手が、全身に絡みついてくるかのようだ。
「くっ………………!」
快然も、法力の光でその怨念を振り払おうとするが、切りがない。
まるで、怨念の海の中を泳いでいるかのようだった。
その、時だった。
「………………!」
夜凪の手のひかが、ふわり、と淡い光を帯びた。
彼が意識するよりも早く、『護る力』が発動していた。
その聖なる光が、三人を薄いヴェールのように包み込む。
途端に、肌に纏わりついていた怨念が、霧散した。
「あ………………」
桔梗が、驚きに目を見開く。
「夜凪さん、これ………………」
「………………気にするな」
夜凪は、短く応じた。
「護ると、決めただけだ」
「夜凪殿………………」
快然が、夜凪の背中を、眩しそうに見つめる。
その背中は、以前よりも、遥かに大きく、頼もしく見えた。
怨念のヴェールを突き進み、やがて三人は、道が途切れた場所へとたどり着いた。
そこは、巨大な崖の上だった。
そして、その崖下に広がっていた光景に。
三人は、呼吸さえも、忘れた。
「………………なんだ」
「………………あれは………………」
夜凪の、乾いた声が漏れた。
眼下に広がっていたのは、奈落宮の、最奥。
途方もなく巨大な、円形の空洞だった。
その空洞の中央に、天と地を繋ぐ、巨大な「柱」が立っていた。
いや、違う。
「………………光の、奔流………………!」
桔梗が、戦慄に震えた。
それは、無数の、おびただしい数の「光の川」が、絡み合い、ねじれ合い、一つの巨大な柱を形成していたのだ。
その色は、血のように、禍々しい赤。
その一本一本が、この日ノ本の、どこかの土地から伸びている。
「まさか………………」
快然の顔から、血の気が引いた。
「日本全土の………………『霊脈』!」
「それを、すべて、ここに!」
「強制的に、集束させているというのか!」
そうだ。
あれこそが、尾張の地で、朽葉たちが狙っていた、霊脈。
その、日ノ本全土の霊脈が、今、この一点へと、注ぎ込まれ続けている。
そして、その血の柱が流れ込む先。
空洞の底には、都一つを丸ごと飲み込むほどの、巨大な「魔法陣」が、おぞましい光を放って明滅していた。
(………………なんという、壮大な)
夜凪は、その光景に、ただ「驚愕」していた。
一族を滅ぼした敵。
その力のスケールが、自分の想像を、遥かに、遥かに超えていた。
父も、母も。
こんな、化け物のような計画を、相手にしていたというのか。
「………………待って」
その時、桔梗が、懐から一つの巻物を取り出した。
以前、あの臆病な書庫番、観月から受け取った、『禁書』の写しだ。
彼女は、震える手でそれを広げ、眼下の魔法陣と、巻物の記述を必死に照合し始めた。
「この文様………………」
「…………」
「この、霊力の流れ………………」
「…………」
「………………あった!」
桔梗の顔が、絶望に青ざめていく。
「な、なんだ!」
「桔梗殿、何が書いてある!」
快然が、彼女の肩を掴んだ。
桔梗は、乾いた唇で、その名を呟いた。
「………………『天壌無窮の儀』」
「てんじょう………………むきゅう?」
「はい………………」
桔梗は、巻物から目を上げ、絶望的な光景を再び見下ろした。
「闇御門の首領が、目論む、究極の呪術………………」
「…………」
「この日ノ本の、『理』そのものを、書き換える儀式です」
「理を、書き換える!?」
快然の言葉に、夜凪の心臓が、大きく跳ねた。
その言葉は、彼が観月から聞いた、自らの一族の力――「言霊」と、同じだったからだ。
「ええ………………」
桔梗は、観月から聞いた情報を、必死に思い出していた。
「首領は、この国から、すべての『運命』を奪うつもりなんです」
「………………運命を?」
「はい。戦も、飢饉も、病も………………」
「…………」
「人の、悲しみも、喜びも、怒りも………………」
「…………」
「その、すべてを」
「…………」
「この儀式によって、永遠に『停滞』させる」
「………………!」
「それが、あの人の言う、『救済』………………!」
「………………馬鹿な!」
快然が、怒りに震え、絶叫した。
「それは、救済などではない!」
「ただの、支配だ!」
「生きとし生けるものすべてを、首領の意のままに操る、ただの呪いだ!」
「………………そう、いうことか」
夜凪は、奥歯を強く噛みしめた。
ようやく、すべてが繋がった。
あの夜に聞いた、父の最期の言葉。
『――その、力で』
『――未来を』
そして、観月が明かした、言霊の本当の力。
『――世界の理を、書き換える力』
(………………だから、俺の一族は)
夜凪は、目の前の、血のように赤い霊脈の柱を睨みつけた。
首領が、この儀式で、世界を「停滞」させようとしている。
そして、俺の「言霊」だけが、その停滞した世界を、再び「書き換える」ことができる。
だから、闇御門は、月読を恐れた。
だから、俺の一族は、滅ぼされたのだ。
「………………ふざけるな」
夜凪の喉から、地を這うような、低い声が漏れた。
壮大な計画。
そのあまりの規模に、一瞬、圧倒された。
だが、今は違う。
胸に湧き上がるのは、恐怖ではない。
ただ、冷たく、静かな、怒り。
そして。
(………………止めなければ)
(俺たちが、ここで)
夜凪の瞳に、蒼い炎が宿る。
それは、復讐の炎ではない。
桔梗が言った、「未来」を掴むための炎。
快然が願った、「笑顔」を取り戻すための炎。
敵の計画の壮大さを知り、今、三人の心に、揺るぎない「使命感」が、確かに刻まれた。
「………………桔梗」
「………………はい」
「………………快然」
「………………おう」
夜凪は、二人を見ず、ただ、光の柱の、さらに奥。
ひときわ強く、冷たい気配を放つ、玉座らしき影を、真っ直ぐに睨みつけた。
「あいつが、待っている」
「…………」
「行くぞ」
三人は、頷きあった。
この狂気の儀式を止めるため。
すべての因縁に、決着をつけるため。
三つの影は、奈落宮の最奥、その絶望の光が渦巻く空洞へと、迷いなく、その身を投じた。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
ついに明かされた、闇御門の最終目的「天壌無窮の儀」。 それは、この日ノ本から「運命」そのものを奪い、すべてを停滞させようという、救済の仮面を被った狂気の支配計画でした。
「言霊」だけが、その支配を覆すことができる。だからこそ、月読一族は滅ぼされたのです。 すべての謎が繋がり、夜凪の復讐は、世界の「未来」を取り戻すという揺るぎない「使命感」へと昇華されました。 三人は、この狂気の儀式を止めるべく、ついに首領の元へと向かいます!
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