第35章 過去の亡霊
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ついに最終決戦の地「奈落宮」へと突入した夜凪たち。しかし、彼らを待ち受けていたのは、東海道で倒したはずの「五行衆」でした。 過去の亡霊との再戦。それは、三人がどれだけ成長したかを試す、最初の関門です。
それでは、本編をお楽しみください。
現実から切り離された、地獄の庭。
月読夜凪は、黒く磨かれた岩盤の上を、慎重に進んでいた。
足元には、底なしの虚無。
頭上には、逆さまに生えた、禍々(まがまが)しい寺院。
肌を刺す怨念の密度が、一歩進むごとに濃くなっていく。
「………………」
ここは、一族を滅ぼした者たちの、本拠地。
その空気を吸うだけで、胸の奥の復讐の炎が、ごう、と音を立てる。
だが、今の夜凪の心は、それだけではなかった。
隣には、仲間たちの確かな息遣いがある。
その事実が、彼の心を、不思議と冷静に保っていた。
「しかし………………」
獅子堂快然が、声を潜めた。
その巨体も、ここでは重力を感じさせないほど、動きが軽い。
「気味が悪いにも、ほどがありますな」
「どこもかしこも、道がねじ曲がっている」
「拙僧の法力さえ、ここでは真っすぐに届かぬようです」
「ええ………………」
不知火桔梗も、苦無を構えたまま、鋭く周囲を警戒する。
「空間そのものが、闇御門の術で構築されているようです」
「一歩間違えれば、永遠に迷い込むことになるわ」
「………………いや」
夜凪は、ふと足を止めた。
彼の視線は、岩盤の道が大きく開けた、広場のような場所へと注がれている。
そこだけ、怨念の気配が、ひときわ強く渦巻いていた。
「迷う必要は、なくなった」
「………………夜凪さん?」
「来たぞ」
夜凪の言葉と同時だった。
広場の中央、その虚無の空間から、どろり、と。
五つの、黒い影が、染み出すようにして姿を現した。
それは、人の形をしていた。
だが、その姿を見た瞬間、三人の全身に、戦慄が走った。
「な………………!」
快然が、息を呑む。
「あ、あれは………………!」
桔梗の声が、恐怖に震えた。
(………………嘘だろ)
夜凪の思考が、一瞬、凍りつく。
そこに立っていたのは、見間違えようもない。
東海道での死闘の末、確かに、この手で葬ったはずの。
闇御門五行衆。その五人だった。
「くくく………………」
「また、会ったなァ、小童ども」
飢えたる森の記憶。老婆、「木行・常盤」。
その隣で、岩石の巨体が、無言で拳を握る。
「土行・金剛」。
「ひゃっははは!」
「燃やし足りなかったぜェ!」
狂気の炎が揺らめく、「火行・迦具土」。
銀髪の男が、蛇のように冷たい笑みを浮かべる。
「金行・白銀」。
そして。
五人の中央。
その哀しい瞳で、じっと夜凪を見つめる、白い着物の少女。
「………………兄様」
「水行・深雪」。
「ば、馬鹿な………………!」
快然が、錫杖を構え直す。
「奴らは、確かに!」
「拙僧たちが、倒したはず!」
「………………待って」
桔梗が、震える声で、夜凪の服の袖を掴んだ。
「様子が、おかしい………………」
「………………ああ」
夜凪は、すでに気づいていた。
目の前の五人は、かつての彼らではない。
その瞳には、かつて宿っていたはずの、狂気も、憎悪も、哀しみさえも、宿っていなかった。
ただ、虚無があるだけだ。
「………………式神、か」
夜凪が、低く呟いた。
「この奈落宮に漂う、奴らの怨念の残滓を集めて」
「首領が、創り出した、ただの人形だ」
「なんと………………!」
「死者さえも、弄ぶとは!」
快然の怒りが、爆発した。
「許せん! どこまでも外道よ!」
「だが、好都合だ」
夜凪は、『孤月』を、静かに抜き放った。
その切っ先は、微塵も震えていない。
かつての強敵との再会。
それは、恐怖ではなく、別の感情を彼に与えていた。
(………………試せる)
あの時、一人では勝てなかった敵。
あの時、仲間を信じたからこそ、超えられた壁。
今の自分たちが、どれほど強くなったのかを。
試すための、最高の相手だった。
「桔梗! 快然!」
「………………はい!」
「………………おうとも!」
「行くぞ!」
夜凪の叫びを合図に、三人が同時に動いた。
最初に来るのは、分かっていた。
「―――くくく、わらわの森へ、ようこそ!」
常盤の式神が、甲高い笑い声を上げる。
足元の岩盤から、無数の、毒々しい蔦が、三人に襲いかかった。
「おっと!」
だが、夜凪は動かない。
彼の前に、快然が、仁王立ちになっていた。
「その手は、一度食らっておりますのでな!」
「―――喝ァッ!」
快然の錫杖が、地面を打つ。
金色の法力が、ドーム状の結界となって、三人を包み込んだ。
毒の蔦は、その聖なる光に触れた瞬間、黒い煙を上げて焼き切れていく。
「なっ………………!」
常盤の式神が、驚愕に目を見開く。
「あの時より、遥かに強固な結界………………!」
「ふん! 拙僧も、伊達に修羅場を越えてはおらんのでな!」
その、結界が展開された、一瞬。
常盤の背後から、岩石の巨体――金剛の式神が、無言で拳を振り下ろしていた。
狙うは、結界を維持する、快然。
「快然さん!」
桔梗の叫びが響く。
「―――遅い!」
だが、金剛の拳が快然に届くより、遥かに早く。
桔梗の放った、三本の苦無が、寸分の違いもなく、金剛の式神の「関節」――肘、膝、そして首筋の、あの僅かな隙間を、正確に撃ち抜いていた。
「グ………………ォ!?」
巨体が、バランスを崩し、大きくよろめく。
あの時、死力を尽くして、ようやく見つけた弱点。
今の桔梗には、それが、はっきりと見えている。
「その隙、見逃さん!」
夜凪の踏み込みは、疾風のようだった。
体勢を崩した、金剛の式神。
その、がら空きになった胴体へ。
彼は、もはや、ためらわない。
「あの世で、悔やむがいい」
「―――滅びろ」
言霊が、零距離で突き刺さる。
岩石の式神は、断末魔の叫びを上げる間もなく、内側から迸る光に包まれ、粉々に砕け散った。
続けて、常盤の式神も、その光の余波に飲まれ、塵と化す。
「………………はっ!」
快然が、短く息を吐いた。
「まずは、二体!」
「見事ですぞ、お二人とも!」
「いいえ………………」
桔梗が、油断なく弓を構え直す。
「私たち、三人で、です!」
その言葉に、夜凪の口元が、わずかに緩んだ。
そうだ。三人で、だ。
かつて、あれほど苦戦した二体を、今、呼吸をするかのごとく、当たり前に連携して、倒してみせた。
確かな「成長」の、実感。
それが、熱い「自信」となって、彼の心を奮い立たせる。
「ひゃっははは! やるじゃねえか!」
だが、感傷に浸る暇はない。
残る三体の式神が、同時に襲いかかってきた。
迦具土の狂炎が、灼熱の竜巻となって、三人を包み込もうとする。
同時に、白銀が、奈落宮の怨念をかき集め、無数の「泥人形」を創り出し、壁となって立ちはだかった。
「炎は、私が!」
桔梗が、印を結ぶ。
彼女の手から、激しい水流が放たれ、炎の竜巻と激突した。
水蒸気が、爆発的に広がり、視界が白く染まる。
「この、煙………………!」
「好都合よ!」
快然が、その水蒸気の中を、まっすぐに突進した。
「あの外道の傀儡ども!」
「今度こそ、仏罰てきめん!」
「―――浄ッ!」
快然の錫杖から放たれた法力が、聖なる光となって、泥人形たちを薙ぎ払う。
怨念の集合体である式神にとって、快然の法力は、天敵そのものだった。
泥人形たちが、次々と浄化され、崩れ落ちていく。
「ちっ………………!」
白銀の式神が、舌打ちをした、その瞬間。
水蒸気を切り裂き、夜凪の刃が、迫っていた。
「お前たちの、非道な戦術も」
「…………」
「もう、見飽きた」
「なっ………………!」
「―――眠れ」
夜凪の言霊が、白銀と迦具土、二体の式神の動きを、同時に凍りつかせる。
かつては、二人同時に相手をするなど、考えられなかった。
だが、今の夜凪には、それができる。
仲間を「護る力」に目覚めた彼は、言霊の制御が、格段に向上していたのだ。
動きを止めた二体の式神を、夜凪の『孤月』が、一閃のもとに両断した。
「………………あと、一人」
夜凪が、静かに振り返る。
そこには、五行衆最後の一人。
深雪の式神が、ただ、哀しげに佇んでいた。
その瞳は、やはり虚ろだ。
だが、その姿を見た瞬間、夜凪の胸が、ちくり、と痛んだ。
(………………深雪)
あの、夏に舞った雪の記憶。
『兄様』と呼んだ、最期の笑顔。
その哀しみが、夜凪の足を、一瞬だけ、ためらわせた。
式神が、ゆっくりと手を上げる。
その指先に、鋭い氷の刃が、形を成していく。
「………………夜凪さん!」
桔梗の、鋭い声が飛んだ。
「だめ! あれは、深雪さんじゃない!」
「………………!」
「彼女の姿を借りた、ただの怨念よ!」
「夜凪殿!」
快然の、怒りに満ちた声が響く。
「友の姿を弄ぶ、あの偽物め!」
「我らが、討たねE<
「………………そう、だな」
二人の言葉が、夜凪の迷いを断ち切った。
そうだ。これは、深雪じゃない。
彼女の哀しい記憶を、これ以上、侮辱させてはならない。
夜凪は、刀を鞘に納めた。
「えっ………………?」
「夜凪殿?」
「………………斬るには、及ばない」
夜凪は、深雪の式神へと、静かに歩み寄る。
式神は、戸惑うように、氷の刃を彼に向ける。
だが、夜凪は、止まらない。
彼は、式神の目の前で、そっと、自らの手のひらを、彼女の額へと差し出した。
「………………安らかに、眠れ」
復讐の言霊ではない。
破壊の呪いでもない。
あの夜、桔梗を護った、「護る力」。
その、温かい光が、夜凪の手のひらから、溢れ出した。
「あ………………」
聖なる光に包まれ、深雪の式神の、虚ろだった瞳が、一瞬だけ、かつての温かい光を取り戻したような、気がした。
そして。
その身体は、苦悶もなく、ただ、静かに、光の粒子となって、奈落宮の闇へと消えていった。
「………………」
静寂が、戻る。
夜凪は、その光が消えた空間を、静かに見つめていた。
もう、迷いはない。
過去は、確かに、乗り越えた。
「………………はっ!」
快然が、溜飲を下げたように、大きく息を吐いた。
「やりましたな、お二人とも!」
「ええ………………!」
桔梗の顔にも、安堵の笑みが浮かぶ。
かつて、あれほど苦戦した五行衆。
そのすべてを、今の三人は、圧倒した。
確かな「成長」の実感。
そして、仲間となら、どこまでも行けるという、揺るぎない「自信」。
三人は、互いの顔を見合わせ、力強く頷いた。
ラストダンジョンの第一関門は、今、確かに突破された。
彼らは、すべての元凶が待つ、奈落宮のさらに奥深くへと、その歩みを進める。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
奈落宮の最初の関門は、かつて死闘を繰り広げた五行衆の亡霊たちでした。 しかし、三人はもはや過去の彼らではありません。快然の「守り」、桔梗の「精密」、そして夜凪の「浄化」。確かな成長と完璧な連携で、過去の亡霊を「圧倒」しました。 深雪の記憶も、今、確かに救われたのです。
ついに第一関門を突破した三人を、奈落宮のさらに奥深くで待ち受けるものとは。あの墨衣の側近、そしてすべての元凶である首領が、彼らを待っています。 いよいよ、本当の最後の戦いです。ご期待ください!
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