第34章 奈落宮
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情報屋・お蝶の案内で、ついに敵の本拠地への入り口にたどり着いた夜凪たち。覚悟を決め、三人は底なしの闇へと身を躍らせます。 彼らがたどり着いたのは、現実の法則がねじ曲がり、怨念が渦巻く絶望の異界。 ついに、最後の戦いの舞台、「奈落宮」の幕が上がります。
それでは、本編をお楽しみください。
魂の無い都を抜け、神泉苑の森は、異様な静けさに包まれていた。
京の都の中心とは思えぬ、鬱蒼とした木々が、月明かりさえも遮っている。
闇御門の術か、あるいは古くから棲まうという龍神の威光か。
その空気は、澄んでいると同時に、何かを拒絶するように張り詰めていた。
先頭を行く情報屋「お蝶」の足取りだけが、獣のように確かだ。
「………………」
月読夜凪は、息を殺してその背中を追う。
肌を刺すような視線。
木々の影、岩の陰。
そこかしこに、闇御門の本家の術者たちが潜んでいる気配がした。
一触即発。そのスリルが、夜凪の五感を極限まで研ぎ澄ませる。
「おい………………」
獅子堂快然が、声を潜めた。
「あの女、本当に信用できるんですかな」
「このまま、罠のど真ん中に連れて行かれるんじゃ………………」
「………………今は、信じるしかない」
夜凪は、短く応じた。
あの墨衣の側近が戻っている今、正面からの突入は不可能だ。
この女が持つ、「綻び」の道だけが、唯一の活路だった。
一行は、やがて「禁域」と記された注連縄の前にたどり着く。
その奥に、それはあった。
「………………あれか」
夜凪の瞳が、暗闇の中の一点を捉える。
苔むした、何の変哲もない、古びた井戸。
だが、夜凪の目には、その井戸の上だけ、空気が陽炎のように歪んで見える。
「ご名答」
お蝶が、肩をすくめた。
「あれが、あんたたちの目的地」
「『奈落宮』への、たった一つの入り口さね」
「これが………………」
不知火桔梗が、息を呑む。
見た目は、ただの枯れ井戸だ。
だが、そこから漏れ出す霊力は、禍々(まがまが)しさの極みにあった。
「さて、と」
お蝶は、不意に身を翻した。
「私の仕事は、ここまでだよ」
「えっ」
「まさか、一緒に入ってくれるとでも?」
お蝶は、心底呆れたように笑う。
「冗談じゃない」
「あそこは、あたしたち情報屋にとっても『禁忌』さ」
「入ったら、二度と戻ってこれない」
「………………礼は言う」
夜凪が、井戸から目を離せずに言った。
「あんたには、貸しができた」
「ふん」
お蝶は、鼻を鳴らした。
「貸しなんて、いらないね」
「どうせ、あんたたちはここで死ぬ」
「…………」
「まあ、万が一、あの化け物どもを倒せたら」
「…………」
「その時は、祝儀代わりに、酒でもおごってよ」
「月読の坊や」
それが、彼女の別れの言葉だった。
お蝶の気配は、次の瞬間には、森の闇に溶けて消えていた。
後に残されたのは、三人の覚悟と、不気味に佇む古い井戸だけだった。
「………………さて」
快然が、ごくり、と喉を鳴らした。
「いよいよ、地獄の釜の蓋を開ける時ですな」
「ええ」
桔梗が、強く頷く。
「もう、後戻りはできません」
夜凪は、何も言わなかった。
ただ、静かに仲間たちの顔を見回す。
快然の瞳には、恐怖と、それを上回る「覚悟」が。
桔梗の瞳には、不安と、夜凪への「信頼」が。
それで、十分だった。
(行くぞ)
心の中で、短く呟く。
三人は、互いに頷き合うと、井戸の縁に並び立った。
躊躇なく、その底なしの闇へと、同時に身を躍らせた。
「「「―――ッ!」」」
落下。
だが、それは、ただの落下ではなかった。
内臓が、ひっくり返るような浮遊感。
肌が、引き伸ばされるような圧迫感。
闇の中を、落ちているのではない。
眩い、七色の光の奔流に、飲み込まれていく。
(これが………………空間の、歪み………………!)
夜凪は、歯を食いしばる。
現実の法則が、ここでは意味をなさない。
時間も、距離も、ぐにゃぐにゃに溶けていくようだった。
どれほどの時間が、経ったのか。
永遠にも、一瞬にも思える「落下」は、不意に終わりを告げた。
ふわり、と。
まるで、羽毛のように、三人の身体が、硬い地面に降り立った。
重力が、異常に軽い。
夜凪は、ゆっくりと、閉じていた目を開いた。
そして、息を呑んだ。
目の前に広がっていたのは、人間の知覚が、拒絶反応を起こすほどの、異様な光景だった。
「………………なんだ」
「………………ここは………………」
快然の、呆然とした声が漏れる。
「ひっ………………」
桔梗が、小さく悲鳴を上げた。
(………………これが)
夜凪は、言葉を失っていた。
空。そこにあるはずの、蒼い空がなかった。
見上げた先にあるのは、紫と黒が混じり合う、巨大な霊力の渦。
まるで、巨大な獣が、天でとぐろを巻いているかのようだ。
大地。足元にあるのは、黒く磨き上げられた岩盤。
だが、それは、どこまでも続く平野ではなく、宙に浮いた、巨大な「欠片」に過ぎなかった。
「下を………………見るな!」
快然が叫んだ。
その岩盤の先は、切り立った崖。
その下には、底という概念が存在しない、永遠の「虚無」が広がっていた。
「な、南無阿弥陀仏………………!」
「落ちたら、二度と戻ってこれない………………!」
「上………………!」
桔梗が、震える指で「空」を指差した。
その、紫色の渦巻く空。
そこから、巨大な寺院が、「逆さま」に生えていた。
現実の法則が、ねじ曲がっている。
重力が、滅茶苦茶だ。
(………………幻想的だ)
夜凪は、その光景に、一種の「美しさ」さえ感じていた。
そして、それと同時に。
(………………禍々しい)
肌が、痛い。
空気が、重い。
この空間を満たしているのは、純粋な霊力などではない。
それは、何万、何億という、死者の「怨念」そのものだった。
耳を澄ませば、聞こえる。
無数の、苦悶の呻き声が。
「ここが………………」
夜凪が、乾いた唇で、呟いた。
「闇御門の本拠地」
「『奈落宮』………………!」
これほどの、絶望的な空間を創り出す、力。
これこそが、首領の力。
夜凪は、自らの一族を滅ぼした「敵」の力の、その底知れなさに。
魂が、震えるほどの「畏怖」を感じていた。
だが、同時に。
彼の胸の奥で、別の感情が、熱く燃え上がっていた。
(………………そうだ)
(これだ)
この、絶望のど真ん中に、あいつはいる。
父を殺し、母を奪った、すべての元凶が。
恐怖が、一周して、冷たい「歓喜」へと変質していく。
それは、死地を前にした、武者の震い。
あるいは、「冒険心」と呼ぶべき、高揚感だった。
「・・・・・・夜凪さん」
桔梗が、夜凪の服の袖を、強く握りしめていた。
彼女の指は、恐怖に冷え切っている。
夜凪は、その手を、振り払わなかった。
「・・・・・・快然」
「………………おう」
快然は、錫杖を、強く地面に突き立てた。
その顔には、もう恐怖の色はない。
破戒僧としての、不敵な笑みが戻っていた。
「とんでもない場所に来ちまったもんだ」
「だが、血が騒ぐ!」
「ええ!」
桔梗も、夜凪の覚悟を感じ取り、強く頷いた。
夜凪は、その異界の、遥か彼方。
ひときわ大きく、禍々しい霊力を放つ、巨大な「何か」を睨みつけた。
あれが、中枢。首領の、玉座。
「………………待っていろ」
「…………」
「今、すべてを、終わらせに行く」
ラストダンジョンへの、第一歩。
三人は、互いの絆だけを頼りに、その、現実から切り離された地獄の庭へと、確かに足を踏み入れた。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
ついに突入した、闇御門の本拠地「奈落宮」。そこは、人の知覚が拒絶するほどの、禍々しくも幻想的な絶望の空間でした。 しかし、夜凪の心にあったのは「畏怖」だけではありません。復讐を遂げる「歓喜」と、この死地を仲間と共に乗り越える「覚悟」。
三人は、この地獄の庭をどう進むのか。そして、あの上空に浮かぶ中枢で、一体何が待ち受けているのでしょうか。 最終決戦、ご期待ください!
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